chapter.20 ホワイトプリンス?
時は西暦2100年、月の中心都市ルナシティ。
半世紀前、SV産業で世界の半数以上のシェアを誇る日本の大企業トヨトミインダストリー──現在の社名はTTインダストリアル──の莫大な資産を投資して計画された月の移住計画。
一流の科学技術の粋が集められ、宇宙に進出しようとする人類が作りだす第二の母星を目指した一大プロジェクトは狭間に亀裂を生んでしまい、第三次大戦を飛び越えて人類初の星間戦争へと発展しようとしていくのだった。
◆◇◆◇◆
月の最深部。
ルナシティの地下にある限られた人間しか立ち入ることの出来ない秘密の施設に鎮座する真紅の魔神。
名を《ゴッドグレイツ》と呼ばれるexSVと、その搭乗者サナナギ・マコト。
2058年、今から42年前。
日本の太平洋上に作られた人工島イデアルフロート。
マコトはSVパイロットを目指す学園に通う学生でありながら、世界征服を企んだ島の実質的支配者である男、ガラン・ドウマの野望を打ち砕いた英雄たちの一人だ。
しかし、その後マコトは《ゴッドグレイツ》の都市一つを壊滅させるほどの大規模な暴走事故を引き起こしてしまう。
統連軍の私設武装組織リターナーの奮闘により活動を停止、マコトと《ゴッドグレイツ》は月に封印されるのだった。
◇◆◇◆◇
「サナナギ・マコト、十七歳。2041年12月28日生まれの山羊座。好きなものはスガキアのアイスぜんざい。嫌いなものは夏の蒸し暑さと足がいっぱいある虫。趣味は雑誌の懸賞パズルを解くことで、尊敬してる人は父です。この赤いメガネは父の形見で、それと……」
半世紀近くSVの中に閉じ込められ、体に異常が無いか調べるのにマコトの身体検査は三日三晩も続いた。
体質の変化や精神に異常もなく記憶障害もない。
健康な人間そのものだと検査では出ているにも関わらず医師や研究者たちは執拗にマコトを調べ尽くす。
「ガイも見舞いに来ないし、どうなってんのよ未来の月は……」
不機嫌に膨れっ面になるマコト。
未だにここが自分のいた時代から未来に来てしまったとは思えなかった。
これ以上、訳のわからないスキャン装置とベッドになど縛られたくない、とマコトは遂に検診に来た医師らを振り切って病室から逃げ出す。
「はぇーどうしよう、ここから」
外に出てみてマコトは空を見上げて驚いた。
透明な天井に広がる星の海原。しかし、周りは昼間のように明るく人が行き交う賑やかな町並みである。
月の代わりに青い星、地球が宇宙に浮かんでいた。
ドーム状の建造物に中に包まれた町、という雰囲気はマコトが知る人工島イデアルフロートに似ていた。きっと参考にして作られたのだろう。
マコトは警備員のいる正面入り口を避け、木を伝い塀を飛び越えて病院を脱出した。
「お金無いし、服はちょっと透けてるし……無計画だった」
腹の虫を鳴かせながらトボトボと歩くマコト。
ペラペラのスリッパに薄い検査着姿のマコトを通り過ぎる人たちがチラチラと不思議そうに見ている。
「うっ…………超恥ずかしい……」
体を大きく動かすと布の隙間から肌や下着が露出していまうので、道の隅っこを過激隠れながらコソコソと宛もなく進んでいく。
──こっち……マコト。
突然の声にマコトは驚いて飛び退く。
「だ、誰ッ!?」
──……だよ。こっち……。
か細い呼び声が何処か周囲をぐるりと見渡すも、それらしき人物は見当たらない。
集中して耳を澄ます。何度も聞こえる声は、耳に入っていくるのでは心に響いているようだった。
「夢に出てきた人なの?」
この時代の月で目覚めてから見る夢。
初めはぼんやりと声だけだったが、何度も見るうちに声の主は姿を現していく。
──……助けて…………を……救って。
「あっちかな、あっちの方な気がする」
マコトの感が方向を指し示した。なるべく人のいなさそうな道を選びながらマコトは走る。
右へ、左へ、入り組んだところを無心で進んでる内に怪しげな雰囲気の場所に入り込んでしまった。
鉄筋とコンクリート丸出しの壁に意味のわからない落書きが沢山描かれ、至るところにゴミが散乱して異臭が立ち込めている。
近未来的な町の豪華さから一転し、退廃的なムードが漂うスラム街に迷い混んでいたのだ。
「おいおい、そこの姉ちゃん。そんな薄着で何処に行こうとしてるんだよ?」
いつの間にかマコトの周りを不潔な男たちが下卑た笑い顔を浮かべて囲んでいる。
「こっちか、これか?!」
「もしかしてあっちなんじゃねえの!?」
マコトは理解していないが卑猥なハンドサインを男たちは見せ付けてくる。
「何なの、アンタたち?」
「ナンなのぉ? って俺たちのシマにテメエから来ておいてそれはなぁ?」
「どうでもいいんだぜ、そう言うのは。何故なら、もうオマエは俺らの獲物なんだからな!」
ジリジリとにじり寄り、不潔な男たちはマコトに迫る。
暴漢に襲われそうなこんな時、一対多の対人戦闘の訓練は学園で習ったことがある。
体調が万全ならきっと何とかなるだろう。
だが今は服装が恥ずかしいのと空腹さで男らに勝てる気がしない、と心の中で強がっているマコト。
(ガイ……!)
念じたところで都合よく王子様ムーブで来るというなら初めからこんな場所になど来ない。
思考している間にも男らの臭い息が匂ってきそうなほど近付いてくる。
ふと、マコトは迫り来る集団の中に一人、この場には不釣り合いの丹誠な顔立ちの青年がいた。
「楽しそうですね。僕も混ぜてくださいよ」
「あぁ良いぜ。順番だぞ……って誰だ、ぐはぁッ!?」
男の一人が突然、股間を押さえて崩れ落ちる。
何が起こったのか事態を確認する間もなく、その後も次々と──屈強そうな男から順に──股間を潰され倒れていった。弱そうな者らは、ボス格がやられたとわかって逃げ去っていった。
「勝ち誇った瞬間が一番、気が緩んで隙が出来てしまうものなんですよね。行きましょうサナナギさん」
「あ、はい」
白いコートの青年は手を払い、爽やかな笑顔をマコトに向ける。
ここにいる者とは違い、身なりも清潔で身長が高くスラリとしたモデル体型。
まさに王子様という感じだ。
「ん? どうして私の名前を」
「説明はあとで。そうだ、これ着て」
青年は自分のコートを脱いでマコトに差し出す。
倒れた男たちが立ち上がる前にマコトは青年に連れられてスラム街を脱出した。
「はぁはぁ、ここまで来れば、はぁ……追ってきてないよね?」
「ふふ、そうですね。間に合ってよかったですよ」
全力で走ったにも関わらず息切れ気味のマコトと違って汗一つ掻かず涼しい顔をしている青年は、ズボンのポケットから携帯電話を取り出し何処かへ連絡する。そこから五分も経たずに、車体の長い黒塗りの高級リムジン車がマコトと青年の前に現れた。
「社長、マコト様、お待たせしました」
運転手の黒服男が降りてきて畏まりながら車のドアを開ける。
「ご苦労様、さぁどうぞ」
本当に信用して良いものか少し不安になりながらもマコトは車に搭乗する。
中は広々とした空間で高級感に溢れる内装をしていた。
車内を明るく照らす小さなシャンデリア、フカフカで座り心地のいいシート。
テレビモニターや冷蔵庫も備え付けられている。
「何か飲むかい? と言ってもアルコールは無いけどね。僕も未成年だし」
「うん十年も寝てたけど私も未成年よ」
これから年齢をどうやって数えればいいんだろう、とマコトは冷えたオレンジジュースのボトルを青年から貰いながら考える。
「で、貴方は何者なの? 月の大富豪? タダ者じゃなさそう」
本題はここだ。マコトは恐る恐る青年に質問する。
「そうだったね忘れていた。僕は織田ユーリ・ヴァールハイト。TTインダストリアルの社長だよ。よろしくね、サナナギ・マコトさん?」
爽やかな青年、ユーリは曇りのない笑顔で言った。
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