chapter.3 舞い降りた刃

 国際SV法、というものがあった。

 地球全土でSVの開発、製造、販売が厳しく制限規制される法案。


 そもそもSVと言う人型巨大ロボットは、平和を脅かす驚異から人類を救うためのマシンであった。

 それが、いつの間にか人類の発展と共に戦争の道具に成り下がったのは必然なのかもしれない。

 トヨトミインダストリー改め、TTインダストリアルが月に本社を移したのも、その理念を守ってきたからだ。

 SV法は宇宙にまで及ばない、と言うよりまだ人類にとって宇宙と言う世界は未開拓にある。

 そんな未知の世界への開発に力を入れ、TTインダストリアルは月の植民地化やスペースコロニーの建築に成功する。


 そんなある時、月が独立権を主張した頃から地球との対立は始まってしまった。

 地球側が反発する表だっての理由は“第二のイデアルフロート”を作らせない為だ、と言われている。

 SV発祥の企業たるTTインダストリアルを味方に付ける月の力を恐れたのだ。



 ◆◇◆◇◆



「……それで、地球が法を破るというのは一体どうなのでしょうね?」

 イザは目の前に立ちはだかる灰色の鉄巨人に向かって呟く。

 名は《Dアルター》と呼ばれる統連軍の量産型SV。

 量産型、と言うには通常のSVが十メートル前後のサイズであるにも関わらず《Dアルター》は倍近くある巨体だった。

 そのデザインはアニメの様なヒーロー然としたシルエットに反して顔面は十字のスリットに赤く光目が一つ。こちらを動きに合わせて奇妙に蠢いている。


『貴方たち、ここは今すぐ退きなさい! 統連軍のSVとは相手にしないで!』

 輸送艦からアンヌの通信。しかし、隊員たちが戻る気配はなく逆に《Dアルター》の方へと向かっていく。


『命令よ! 撤退しなさい!』

『相手は一体だ。規格外だろうが所詮は量産機、三対一なんだ勝てない相手じゃない! やるぞお前ら!』

『『おーッ!!』』

 声を荒げるアンヌの言葉を一切無視して隊長は隊員らを焚き付けて攻撃を開始する。


「あれ、僕は数に入ってないんだ。まあいい……こっちはこっちでこっそりとやらせてもらう」

 特別試験運用隊の隊員たちは演習訓練は何百回とやってきたが実戦経験は隊長を含めてほとんど無い。

 しかし、彼らは命知らずで荒くれ者の集まりである彼らは、本当の戦いが出来ることを望んでいた。

 横暴なやり方をする地球に一泡吹かせるチャンスだ、と勢いづく。

 そんな野蛮な考えを持つ男たちがイザは心底嫌いだった。


『的は大きいんだ、絶対に外すなよ!?』

『『おう!』』

 三機の《アユチ》が《Dアルター》を三方向のから取り囲み、ライフルの一斉射撃をお見舞いする。弾丸の雨がに迫る瞬間、バチバチと稲妻が《Dアルター》から迸り、球体状に電光が広がる。


『バリアーか!?』

 中が見えなくなるほど発光する《Dアルター》の電磁フィールドは《アユチ》の攻撃を無効化しパイロットたちの視力を奪うほどの閃光を放つ。


『眩しい?!』

『レーダーから消え、いや障害が起き……え、うぁーッ?!!』

 気付いた時はコクピットを貫く《Dアルター》の拳に《アユチ》のパイロットは潰された。上下に分断された《アユチ》の間を優先で繋がれた白く巨大な腕が《Dアルター》へと一瞬で戻る。


『くっ、二番機が……おのれ化け物がっ!』

 ようやくモニターの視界が回復して隊長機の《アユチ》は腰のラックから取り出した剣の柄、きらびやかな粒子の刃を発生させるフォトンソードを両手に二本構える。


『出力最大! 叩き切るッ!!』

 破損覚悟で使用する剣から光の柱が限界を越えて天高く伸びる。柄が悲鳴を上げてバチバチの火花を散らせると同時に振り下ろした。再び電磁フィールドを展開する《Dアルター》の頭上を、フォトンソードの刃が迫る。


『あと、少し! うぅおぉぉぉぉーっ!!』

 隊長の《アユチ》の気迫に押されてか《Dアルター》を包む徐々に小さくなる電磁フィールド。

 そして、二つのフォトンソードはエネルギー切れギリギリに電磁フィールドを打ち破り《Dアルター》の両腕を切断した。


『や、やったか!』

『やりましたね隊ち』

 喜びも束の間、二機の《アユチ》から送られた通信が突然と切れ、レーダーから消滅する。後方から現れた二体目の《Dアルター》が放つプラズマレーザーで同時に撃墜されたのだ。


『何だと?! ……はっ』

 味方機が落とされた事に気を取られた隊長は、両腕を無くしただけな《Dアルター》の接近に気付かなかった。

 ぐるり、と勢いよく前転しながら繰り出される《Dアルター》の踵落としが《アユチ》の脳天に直撃。隊長機の証である角が付いた頭部からコクピットのある胸部までがひしゃげ、フォトンソードを両手に構えたまま活動を停止した。


「あー皆やられてしまったようだ。仕方がない、ここは白旗を上げよう」

 ずっと傍観していたイザの《尾張Ⅹ式》は戦う意思は無いと敵に停戦信号を送る。だが、二機の《Dアルター》はこちらを向いて攻撃の構えを取った。


「生体反応あり。うーん、敵は血の通った人間である……と。パイロットIDは……統廉軍の少尉と中尉。ちゃんと本人が乗ってるねぇ、心でも失ったか元から無いか」

 最初の《Dアルター》にこっそりと取り付けた小型のハッキングマシンからデータを探る。


「操縦システムが特殊なヤツですか、これではコントロールは奪えない。二体相手ではその暇もないが!」

 イザは敵わないと判断すると急加速で《尾張Ⅹ式》を上昇させ一目散に逃げだす。後を追う《Dアルター》の追撃が迫る。


「パイロットたちよ。悪いことは言わない今すぐにでも、ここから立ち去るがいい。でなければ痛い目を見るのは君たちだ」

 全身のブースター、スラスターを目一杯に吹かせて《Dアルター》の放つプラズマ光弾を《尾張Ⅹ式》は不規則な軌道で避けていく。攻撃が止まないことから説得は通じないようだ。


「予測ポイントはここ……きっと光学迷彩、ステルス機能の類いなんだ。ヤツは確実に近付いている、それもこちらに向けて。そっちだって探していたのだろう? なら会うがいいさ!」

 腰のサブアームから射出されるスモーク弾がレーダー機器を狂わし《尾張Ⅹ式》の位置を見失わせる。もちろん目視によっても視界から確認できるものは零に等しい。


「地球のSVは確かに強いだろう。だが、これから来る驚異に対抗できるかな?」

 イザは天を見上げる。

 漆黒の空間に歪みが出来、そこから姿を現すのは《尾張Ⅹ式》や《Dアルター》よりも巨大な《剣》あった。


「無人でしたか……更に謎が深まりますね」

 目の前を通り過ぎる《剣》を頬杖をついて眺めるイザ。飛び去った方向、二機の《Dアルター》は左右に真っぷたつされ爆散する。

 出現した一瞬だけ、《尾張Ⅹ式》に装備されているサーチセンサーの分析で得た情報は僅かだったが重大な物は知ることが出来た。



「これは月に行くしかありませんね」



 ◇◆◇◆◇



 月へ行く。

 とは言ったものの、残された燃料で月まで到着できるわけもなく、イザは輸送艦に戻りジャイロ・スフィアへと引き返すのだった。

 戻ってきた唯一の生き残りであるイザに輸送艦のクルーは誰も声を掛けない。

 部隊で一番階級が低い身分でありながら、豪勢な個人部屋や専用カスタム機を乗り回すなど特別待遇を受けるイザを疎ましく思っていた。

 イザ自身も気にしていないどころか、逆に自分か特別な存在であるということを隠そうともせず横柄な態度を周囲に見せ付けるので、心の溝は深まるばかりである。

 宇宙港に到着してSV用格納庫から機体を降りて直ぐ、パイロットスーツのままのイザを搭乗口で待ち構えていたのはアンヌだった。

「イザ……貴方、やってくれたわね」

 命からがら帰還した兵士を優しく出迎えてくれる、といった事はなく、その表情は今朝あった時よりも怒りに満ちていた。イザは


「いやぁ、わざわざ副社長お出迎え自ら来ていただけるなんて光栄です。それにしてもDアルターは強敵でしたね?!」

 パァン、と渇いた音が鳴り響く。アンヌの平手打ちでイザの頬が赤く腫れた。

 ヒリヒリする頬を手で擦るイザの表情は一瞬だけ感情を失ったが、直ぐに元のニヤケ面に戻った。


「命令違反、あれほど言ったのに球の奴等と戦うなんて……」

「私のSVを見てもらえればわかる通り、Dアルターに勝てるだけの武装やスペックはありませんよ。謎のSVを敵まで誘導した、それだけです」

 アンヌを退かしイザは自販機からドリンクボトルを購入する。中身は果汁0パーセント、人工甘味料で再現されたオレンジジュースだ。


「悪いのは僕なんですか? 月の領域に入った地球の落ち度、それも手を出してきたのはあちらです」

「わかってるわ! でも貴方、今の月と地球の状況をわかっているの?」

 ヒステリックに叫ぶアンヌをイザは落ち着かせるために近くのベンチへ一緒に座る。


「いいですか社長。月の独立、歴史的偉業を成し遂げるためには戦争も必要でしょう。むしろこちらから地球へ攻撃しないのが不思議なほどですけどね? ロボット物のアニメや漫画を見たことはございませんか?」

「そんなの無いわよ。関係ないでしょ」

「TTインダストリアルと言うSVの会社の社長なのに?! 料理人なら料理漫画。スポーツ選手ならスポーツ漫画を見て憧れるものじゃないのですか!?」

 わざとらしく大口を開けるイザは唖然とした顔をする。宥めているはずが煽っていた。


「貴方はどうしてパイロットをやっているのよ?」

「僕ですか? 僕には僕の役割があります」

 ベンチから立ち上がるイザは地球と月を一望できる展望窓に近付き、通行人に聞こえるくらい仰々しく演説した。


「聞け! 地球と月を救う二つ救世主がもうすぐ現れる。この下らないヒト同士の争いは終わりを告げ、救世主により世界は新たな姿に変化する! それでもまだ戦いを止めないと言うのならば、その者は過去に取り残され新世界の住人にはなれないであろう!」

 イザの大層な独演会に聞き入る者はいない。

 皆イザを頭の可笑しいヤツだという認識で通っており、演説も今回が初めてではなかった。

 巻き込まれても厄介なので気付かぬフリをして関わらないようにしているのだ。


「アンヌ社長。僕はこれから役割を果たすため、月の巫女に会いに行こうと思っています。これで通行許可書を頂けますか?」

 手の温もりで温められた未開封のボトルをアンヌに渡すイザ。

 受け取ると即座にアンヌはボトルを握り締めてイザの頭を思いきり殴る。


「クビよ」

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