第46話 不登校さん

 夕方から雨が降り始めた。洗濯は、ほとんど乾燥機を使うので、昭和のお母さんにように慌てたりはしなかった。ただ、僕は窓の外の縦に引かれた線を眺めながら、あのくそ教師が雨で濡れて風邪ひいて寝込んでしまえばいいのになと素直に思った。


 さて、願掛けだけはしておいて、そろそろ夕飯の支度したくをしようかと思って台所に立ったとき、玄関先のチャイムが鳴った。


 先生が何か忘れ物をしたのだろうか、と僕は玄関のドアを開けたわけだが、そこに立っていたのは、もう少しマシな奴であった。


「よっ、おひさ」


 どうやら、神様が配達ミスをしたらしく、僕の願掛けは、目の前の少女達のもとへと配送されたらしい。


「とりまタオルくれ」


 夏の制服をずぶとずぶに濡らして、完全な濡れねずみとなった香月杏かづきあんは、陽気な声をあげた。布地は身体に張り付いて、けて見える緑のブラと淡い肌はとても煽情的せんじょうてきであったけれど、残念ながら、僕にはその光景を堪能たんのうする余裕がなく、香月の後ろで同じように濡れ鼠となっているもう一人の少女が気になって仕方がなかった。


「いや、その前に状況を説明してくれ。何で香月が絶賛不登校中の白殿をうちに連れてくるんだ?」

「あれ? 堂環くん、零が不登校中って知ってたんだ? 不登校なのに」

「あぁ、状況はだいたい把握している。だから、教えてくれ。何で白殿がいる?」

「いやね。学校にも来ないし、ラインにもレスしないから、今日、零ん家におしかけたの。そしたら、零のママが会わせてくれないから、むかついて、帰るふりして、こっそり忍者して、零をテイクアウトしてきた」


 ん? え? あぁ?


「ちょっと待て。つまり、殿、勝手に連れ出してきたのか?」

「いえーい」


 いえーい、じゃねぇよ。


「まだ半分だ。どうして僕の家に連れてくるんだ? おまえの家に連れて帰れよ」

「バカだな。うちが連れ出して、うちの家に連れて帰ったらバレバレじゃん。だから、堂環くんの家にかくまってもらおうって考えたわけ。うちってバリ頭よくない?」


 どうだろう。頭がいい、という言葉の定義が僕とは違うのかなとは思うけれど。


「でさ、うちのを見ていたいのはわかるけれど、そろそろ中に入れてくんない? 寒いんだけど」

「君は、もう少しつつしみをもった方がいいな」


 まぁ、眼福がんぷくであることは認めるが。


 さすがにずぶ濡れの2人の女子を玄関先に立たせておくわけにもいかず、そのままご退場していただきたい気持ちをぐっと押し込めて、2人を家の中へと招き入れた。


 とりあえず母に事情を話して替えの服を用意してもらい、白殿と香月には着替えてもらうことにした。だが、身体が冷え切っているだろうからシャワーを浴びた方がいい、という母の提案に従って、2人は風呂場に向かった。


のぞくなよ、堂環くん」

「覗かねぇよ」


 さすがに僕もこのしんみりとした空気を読む。だいたい僕はおっぱいを見るより揉みたいんだよな。


 シャワーの音が鳴り終えて、母のスウェットを着込んだ2人が脱衣所から出てきた。彼女達の服は乾燥機に突っ込む。ただ、僕に服を触らせるのはさすがにNGと、香月が代行した。


 そして、今、僕の向かいに、2人は並んでテーブルについている。カップに入ったホットミルクをちびちびと飲みつつ、彼女達は一息ついたようだった。


「はぁ、生き返った」

「そうかい」


 香月が持ち前の陽気さを見せる一方で、白殿はずっとうつむいていた。いつもの姿勢のよさをはいして、丸まった背中には、まるでうれいという言葉がどっしりとのっかっているようだ。


「一服したところで、そろそろ今回の騒動について詳しいところを話してほしいんだけど、不登校さん」

「……」


 反撃がないあたり、相当ダウナー状態のようだ。


「うちも聞きたいな。何で学校に来ないのか。何でうちをシカトしたのか。見たところ、風邪ひいているわけでもなさそうだし。ちなみに、シカトの理由次第では絶交だからね」


 女子って、無視されるの、すごい怒るよね。


 白殿は、それでも長い間、沈黙を保った。苛々いらいらとする香月をなだめながらも、なるべく急かさないように僕は待った。白殿のことだ。あんまり突くと意固地になりそうだし。


 ホットミルクが冷め切るくらいの時間を、ただただ待って、やっと白殿は消え入るような声を出した。


「お父さんが、髪を、染め直せって」








 ……おう。

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