第42話 今日のおやつはまだですか?

 仮面少女と化した真藤が来訪した翌日、白殿がすさまじく不機嫌そうな顔をして、僕の部屋で正座していた。


「あなたって人は、本当に!」

「いやいや、僕のせいじゃないでしょ」


 僕は思わず頬を隠した。

 もう一週間ほど経つというのに、まだ鈍痛が残っている。もう一発食らったら顔面が崩壊しかねない。


「僕はあんな仮面被れなんて言ってないだろ」

「あなたの影響で、あぁなってしまったのは間違いないでしょ。昨日と今日とクラスは騒然としましたよ」


 だろうな。


「担任の井尻先生も青い顔をしていました。仮面を取りなさいといっても、真藤さんはまったく取ろうとしないんですもの。終いには、教頭先生までやってきて、たいへんだったんですから」


 教師一同の心労たるや容易に察せられる。一方で、それでも真藤が仮面を外さなかったことに僕は驚いた。昨日の夕方に会ったときにも感じたが、彼女の決意は相当堅かったようだ。


「真藤さんも真藤さんです。こんな人の意見に影響されて、あんなおかしな格好をするなんて、短絡が過ぎます」

「君がそれを言うのか」

「私は、あなたの意見を聞かなかったから、こうしたんです」


 白殿は青い髪を触りながら告げた。


「まぁ、そういうことにしたとして、だ。君は、どうするんだい? 真藤さんを放任するのか、それとも、矯正きょうせいするのか」


 白殿はクラス代表であり、クラスの規律を守ることを趣味としている。そんな彼女が、真藤の奇行を許すのかどうか。


「正直、悩みどころですが、しばらくは真藤さんの意思を尊重しようかと思います」


 ほう、それは意外な判断だ。


「理由は単純にとがめる理由はないからです。大渡木おおとぎ高校の校則には、仮面に関する規定はありません」

「あぁ、なるほど」

「真藤さんの境遇にも同情できますし、そういう意味で、いささか奇抜ではありますが、一考の余地があります」


 まぁ、白殿も美人だからな。同じ境遇である真藤の心情をより理解できるのだろう。


「ただ、社会常識から大きく逸脱しているのは一目瞭然です。あんまり度が過ぎるようならば、指導するつもりです」

「そう。まぁ、がんばって」

「他人事みたいに……、はぁ」


 白殿は呆れたように肩を落とした。


「私は真藤さんのようにかわいくありませんし、胸も大きくありませんが、もう少し協力的になってくれてもばちは当たらないと思いますけど」

「何だ、それ?」


 この女、ずっと不機嫌そうだったのは、自分と真藤との対応にギャップがあったからか。意外と嫉妬深い奴だな。


「君の場合は別だな。君が真藤のような容姿だったとしても、君への対応は変わらなかったと思うぞ」

「それは、私の内面を批判しているんですよね? つまり喧嘩を売っているんですよね?」

「ご理解の通りだし、そうやってすぐ喧嘩腰になるところが、相容れないんだけど」

「あなたが喧嘩を売ってくるのがわるいんです」


 さいですか。


「そもそも容姿で言ったら、どちらかというと


 と、つい口にしてしまってから、この発言はかなり恥ずかしいものだと気付く。以前、白殿の言っていたことは正しかった。性的嗜好を口にすることは確かに恥ずかしい。


 僕がこぼれ落ちた言葉をなんとか拾おうとしている一方で、白殿は、むっと眉間にしわを寄せていた。何かとなじられるかと思ったが、どうやら単に不快と感じたらしい。


 白殿は、スッと視線を逸らしてから、つまらなそうに言った。


「……女子の容姿を比較するなんてサイテーです」

「あ、あぁ、わるかった」


 あわてて僕が謝ると、白殿は、背筋を伸ばして一度咳払いをした。


「それより、今日のおやつはまだですか?」

「だからさ、君、ここ喫茶店と勘違いしていないか?」


 僕の問を意にも介さず、白殿は澄ました顔で、ただ、いつになく上機嫌に、おやつを催促さいそくしてきた。


 本当に女子というのは、ころころと心持ちが変わるものだ。僕には一生理解できる気がしない。


 まぁ、機嫌がいいのはいいことだ。

 また心情が変わる前に、さっさとおやつを用意しよう。

 今日はパンプキンケーキだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る