3-57


「……ありがとうございます」

「隊長の命令ですので」


素っ気ないが、きっとジンガの部下である彼だって隊長の性格を俺よりも理解しているのだろう。理解しているうえで業務的な態度を取るほど性格が悪いところは感心ならないが。

イレクトリアが絵本の最後のページに並ぶ文字を光らせ、ファリーのもとへと歩み寄りすぐに詠唱を開始する。


「『やがてファレルの街を救った英雄は力尽き、安らかな眠りにつきました。砕けたその身は輝きを宿し、宝石は無窮の煌めきを絶さぬよう星々となって夜空へあがってゆきます』……」


ファリーの体に魔法の灯火(ともしび)が映る。揺らめく光は彼女の竜の輪郭を覆い隠し、俺らを一瞥してから夜空に向かって巨大な光の柱をたてた。

柱は煙を巻き上げるようにたなびきながら組み上がってゆき、やがてファレルの街を見下ろす時計塔か教会の屋根を模した風景を内側に浮かべながら広がってゆく。


夜を溜めた青、夕陽を閉じ込めたオレンジ、血潮を愛した赤。噴き出していた血を色鮮やかな輝石に変えたファリーがゆっくりと呼吸をし、安らかな笑みをこちらへ向ける。


「さようなら。私の愛し子と、私の愛したひと」


彼女の微かな声を聞き取って、


「ああ、さよなら。ファリー……『街と共に生まれ生きた竜……ファレルファタルムは人々を見守る星座へと姿を変え、いつまでも空に在り続けるのでした。』……」


俺も一緒に物語の終わりの一文を読んだ。


これが、マグの魔法頼みではなく俺自身の考えた方法でファリーとスーを悲しませないよう行動した結末だった。

忙しく目まぐるしく表情を変えながら吹いたり止んだりしていた風は、今は冷たく頬をかすめるだけ。

消えていくファリーの姿をなぞるように、俺は指輪を預かった片手をあげ彼女に別れの挨拶を告げたのだった。


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