3-56


(落ち着いて考えるんだ……スーを悲しませない……ファリーを苦しませない方法を……)


巨大化できるジンガの片腕を借りるか、フィーブルの怪力で以て持ち上げられるのか、またはイレクトリアに何かしらの都合のよい物語を読んでもらえればどうにかできるかもしれない。……一筋見えてきた。


(どうにか…………? まてよ。できる。閃いた……!)


ジンガの言い付けに従い一同を連れて来たフィーブルがファリーの様子を見て「酷い……」と狼狽え口を隠す。

俺は彼女の両手を見、どうにかの先に続く方法を思い付いた。正確には彼女が口元を隠すのに持っていた一冊の絵本に目を付けてだ。


「フィーブルさん!」

「はっ、はい! わ、私ですか? なんでしょう……?」


呼び掛けるとフィーブルはビクッと肩をすくませて俺を見た。


「その絵本、最後はどうなるんですか? どういう結末なんです?」

「えっ、先生さん? そんな場合じゃ……こんなときに何を言って……」

「いいから! 教えてください!」


目を丸くする彼女に強く言う。彼女は大事そうに持っていた絵本を俺に恐る恐る差し出して答える。


「ええっと、港街を世界を飲み込む荒波から守り抜いたファレルファタルムは宝石になって空へ昇って星になるんです……それでおしまいです。その、それがどうかしましたか……?」


それだ。確信するにはまだ早いが少なくとも今の状態を変えられる。ファリーを苦しみから解放し、スーを悲しみから遠ざける方法は絵本の中にあったのだ。


「それ俺に貸してください!」

「ど、どうぞ?!」


疑問符を浮かべているフィーブルから急いで絵本を受けとると夜空の挿し絵が描かれた最後のページを見開き、


「読んで貰えますか? 貴方の空想魔法(ビジョン)で」


俺は彼女の隣にいたイレクトリアへと突き出す。

書物に記された物語を読んで放つイレクトリアの魔法は一見は記録魔法(ログ)に見える。だが、俺を尋問する際に彼が取り付けた嘘発見器は発動に一貫性が感じられなかった。本を媒介にするならば彼自身が俺に鼻を犠牲にするか狼に噛まれるかを選ばせなくとも決められた一文をなぞれば済み、術をかける相手に想像をさせる必要がない。

第一に記録魔法(ログ)ならば相手の精神に働きかけるようなことはできず、ビアフランカが、念じて人を殺せるほど他人に作用できるのは空想魔法(ビジョン)の使い手しかいないと教えてくれた。

もっといえばフィーブルが俺を庇った時、直接彼を「空想魔法(ビジョン)を悪用していると密告する」とまで言っている。


「はて……」


「お願いします。スーもファリーもこのままにはしておけない」


俺も彼に賭けたわけではない。瀕死になってしまったファリーに向けられたイレクトリアの冷たい目が彼女から興味を失っていることは解っており、断られることまでも見越していた。


「私には関係ありませんよ」

「イレクトリア。読んでやれ」


見越していた俺を愉快そうに笑って命令するジンガがイレクトリアの側には居る。

俺はそこまでを視野にいれてこの場を切り抜ける策を思い付いていたのだ。


「隊長……? しかし、あの竜を消してしまっては上部にどう報告するんです?」

「いいからやれ。俺から命令する。そのクソトンボは俺らの協力者で守るべき市民だ。討伐の証拠なんざどうにでもなる。泣いてるガキ見たら泣き止ますのが先だろうが馬鹿」


俺をちらっと見た後スーを視線で示す。一喝するジンガに押し黙り、イレクトリアは俺の手から絵本を受け取った。

口は悪くて無愛想だが絵に描いたように義理人情を重んじる。それがジンガの性格で、何だかんだで俺の訴えを真摯に受け止めここまで連れて来てくれた。

きっと彼の銀蜂隊に全てを任せていればこれほど時間を掛けることも手間を取ることもしなかったのだろうが、それでも俺の気持ちと子供(スー)を守ることを考え優先してくれた。


俺はそれを昨日からこれまでの短い時間で把握していたし感謝を抱きつつもあった。目配せは躱(かわ)されたが、ジンガと交わしあってきた信頼のお陰で思っていた通りの対応をしてくれた。

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