3-54

空を燃やすような炎に脚と翼を焼かれ、強い雨に打たれ、鋭く重い一撃を受けた大竜に今ならばとどめを刺すことも出来るかもしれない。だが、最後の一手を下さずにマグに譲るのもジンガなりの仁義らしい。

ファレルファタルムのためにマグは馴染みの無い剣をとり、何かに気付いて率先し、その行動に結びつけるまでの過程を戦うだけでしか解決法を導けない自分たちの前で提案し続けた。提案したからには夢物語や言葉だけでは無いことを証明してみせろ。と、彼を小突いて送り出すのだった。


炭の臭いが残っている場所。マグがファレルファタルムの側までいくと、彼女は優しい声音で話し始める。


「……すごいわ、マグ。ストランジェットを本当に貴方を乗せて飛ぶほど立派に育ててくれたのね……」


鈴の鳴るような清声で談笑をするファレルファタルムに引き寄せられるように、マグは一歩ずつ彼女へと近付く。

自身が引き起こした氷雨に打たれた鱗は黒ずみ滲んで濡れている。持ち上がらない長い首から尾の先まで所々変色し出会ったときの美しい佇まいではなかったが、それでも彼女は威厳と慈しみを帯びた目でマグとスーを交互に見て言った。


「ありがとう。私との約束を守ってくれて」

「……どう、いたしまして」


マグが微笑むとファレルファタルムは悟ったように瞳(め)を綴じてゆるやかに頷く。


「さあ。お願い。私の気がまた狂ってしまわないうちに……」

「ああ。いま助けるよ。ファリー」


彼女の胸一帯に暗雲のごとく拡がっている黒い結晶へ手を翳して魔法事典(スペルリスト)を展開すれば、その呪文はすぐに見つかった。

夜闇よりも深い黒の鉱石を砕き彼女を救うための魔法。飛び交う文字列の中で自分を選べと一際大きく主張しているその呪文には見覚えがあった。


「この魔法で……結晶を壊す……!」


一編を掴み取りファレルファタルムの体へと手のひらを押し付ける。

結晶に触れ、手から発した白い光が鉱物の内側にゆらゆらと浸透していく。内側から一気に膨張した輝きが弾け、欠片を伴って舞い散り結晶にヒビを走らせる。

炎にも焼かれずジンガの渾身の一撃にも砕けることのなかった結晶。

彼女が抱えた巨大な蟠(わだかま)りの象徴を砕いたのは、この世界で初めて見たマグの……路地裏で咄嗟に発動させた強いフラッシュを起こす光の魔法だった。


あの時と同じように視界が一瞬で真っ白になる。夜を塗り替えていくような強烈でどこか暖かな、手から放たれ作り出された小さな暁光がまばたきを奪って闇を染め上げる。



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