1-8
「先生、ボクなら大丈夫だよ。ボク、ここでオーナーさんと待ってるから、その間にお金をとってきてよ」
「わかりました。スーがそうしててくれるなら。俺、代金を持って必ず迎えに来ます」
俺がシグマに感じた嫌な予感はスーには届いていないのだろうか。
彼女は何とも頼もしく自ら俺の前に出、獣人の前に立って言った。
「学校は海沿いの港をずっと行ったところにあるよ。さっき上から見たからわかるかな。地図、描こうか。紙とペン貸して貰えますか?」
テラスで会話していたときにスーが指差した学校の場所はあまりにも遠く、彼女には見えるのかも知れないが俺の肉眼では視認できなかった。
海の先。港の伝いを目で追っても終わりが来ないくらい遠いことがぼんやりわかった程度だ。
「教諭、御自身の学校が在る場所がわからないのですか?」
「そうなの。実はこちらの先生、記憶喪失になっちゃってましてー」
二人のやりとりを怪しみながらもレジから筆記具を貸してくれるシグマに、俺が返事をするより早くスーが答えた。
借りたペンをささっと走らせ、彼女は地図を描くと小さく四つに折り畳んで俺の手に握らせる。
「ビアフランカ先生によろしくね。あと、先生もこれからはちゃんとお財布持って歩こうね」
「あ、ああ。そうするよ」
「それじゃあ、ボク、先生が戻るまで待ってる」
地図を持った手の甲をぺちんと軽く叩いて笑う少女に、情けなくも促されて俺は開いたままの店のドアをくぐり抜け外に出た。
足元に広がる石畳の道。すぐそばには白い砂浜。
一歩踏み出せば沈む靴先に急かされるようにもう一歩。
街へ続く歩道を上がり、もと居た場所を振り向く。
入り口から顔をだして手を振るスーの肩にシグマがそっと触れ、店内に戻っていった。
***
潮の薫りが心地よい港には、穏やかな風の流れに合わせて複数の帆がはためいている。
海沿いに行けとスーには言われたのだが砂浜を歩くには人間の足では途方も無さすぎる。
街の中は足元こそ砂浜と同じで、石畳の同じような景色が続くが、顔を上げた先には海と違って人々が存在する。その分、自分には安心が出来るからこの道を選んだ。
また、理由はもう一つあった。
「あいつ、絵下手だなぁ……」
手渡された地図が余りにも難解だったのだ。
逆の意味で。非常にシンプルに、否、地図とは言い難く。細長い線が、何処が始まりで何処が終わりかわからないようなひょろひょろの線が、ある。たったそれだけ。
スーから貰った紙は地図としては役目を果たせそうにない。
となれば、宛の無い道よりも人が通る道の方が効率的だった。俺は心の隅の方でスーに謝って、街の中を進むのを選んだ。
似通った家屋の先には色とりどりの建物。行き交う人々のように奇抜な形では無く、建造物や住居は区域に倣って整備されている。
現代の日本に見られるようなものではないので、新鮮と言えば新鮮だが、俺にはよく見る絵ハガキの柄にも見えた。
自分がここに来る前の職業がもし芸術家だったなら、この街並みを美しいと感動してキャンバスを掛けて歩いたりしていたかもしれない。
そうではないから、すぐ側で絵の具を溢している絵描きを見てそんな風に思えるのだろうが。
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