1-7



 とんでもないぼったくりだと決め付けてしまったまま、他の客の会計を見守ったが、どうやら俺がドケチの可能性が少しだけだが浮上してきた。

 俺から見ればどう見ても桁が一つ多い金額を提示されているが、この店の利用客は誰一人として俺のように驚嘆する者はいなかった。

 みな黙って財布から金を出し、上品に犬頭と微笑みを交わして去っていく。信じがたいが俺とスーが持ち合わせに不相応な店に入ってしまっていたのだと思い知らされた。


「お客様、いかがなさいました?」


 冷淡な声が上から降ってくる。

 俺より背丈のある犬頭の紳士が丁寧な振る舞いで、しかし威圧的な眼光を宿しながら尋ねてきた。


「その、お金が……」


 こうなっては正直に言う他無い。

 スーの前で格好悪いところは見せたくなかったが、嘘をついてごまかすよりは教師らしい解答になっているだろう。できればもっと毅然とした態度になりたかったけれども。

 

 何かしら意を示さねばとポケットを裏返すが、最悪なことに俺は財布を持っていなかった。

 財布どころか一銭も持っていない。マグが死んだときすっからかんだったのだろうか。死人を恨むことはできないが、恨めるなら恨みたい。


 これには更なるピンチが追い討ちをするべくやってきた。


「はぁ。さようでございますか」


 固まってしまった俺に犬頭は肩をすくめて俺に向き直った。


「あの、店長にお話を……」

「料理長兼オーナーは私、シグマと申します」


 犬頭が首を振って答える。

 ただのウェイターにしてはやたらと貫禄があると思っていた。犬頭は自らを責任者だと言いレジ台についた店のロゴを顎で指し自己紹介をする。


「お客様は魔法学校の教諭とお聞きしましたが、お連れの方は生徒様でいらっしゃいますか」

「そうですが……」

「でしたら、学校へ連絡をとっていただいて……」


 この申し出は学校に知れたら間違いなく拗れてしまう。直感的に思った俺は咄嗟にスーを見て助けを乞う。


「通信機の番号覚えてないんです。あと、先生も通信魔法とか、そういうのは専攻じゃないんだよね?」

「そうなんだ。俺も思い出せないなあ」


 この世界にも通信機器が存在するのか。ということは後々の話にとっておくことにして、ひとまずその場で話を合わせた。


「貴殿方は……」


 問いかけの語尾さえ冷静に音が下に落ちる。

 トーンの低い犬頭のオーナーは隙のない目付きで俺をじっくりと見た後で、スーの体をなめるように見て首を捻った。

 彼女に視線をあててからは俺の方にその目を戻すことなく、何かを一人で考えている様子だ。


「では、教諭。暫くの間、彼女をお借りしてもよろしいでしょうか」

「スーをですか?」

「はい」


 シグマの目に一瞬、静かな姿勢に似合わない光が射した気がした。

 彼に注目していなければテーブルの上のよく磨かれたグラスが光っただけかもしれない。と、誤魔化せるような僅かな変化だが、俺にはそれがはっきり見えた。

 丁寧な物腰と正反対の、獣的な欲望を宿したそれに思わず身震いしそうになる。

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