1-6
蟠っていた何かが、出さなかった言葉と一緒に胃のなかに落ちた。
そうと決まればこんな気持ち、さっさと甘いものに溶かしてしまえ。
皿の上に残ったクリームの塊をフォークですくって呑み込んだ。
「ふふ、いい食べっぷり。おかわり頼む?」
「いいや。お腹いっぱいだ」
「そっか」
まだ湯気のたっているコーヒーにミルクをたんと入れて、鼻で香りを楽しむ。
よし、大丈夫だ。鼻も普通の人と同じ嗅覚だ。
今はまだマグの体の少ししか理解できていないが、いずれは魔法を使いこなし、スー達のたよれる教師となって、そうだな、最初は窮屈だと思っていたが俺もこの体にもだいぶ慣れてきた。そんなことを言ってみたい。なんて思いながら、俺は港街のレンガの道を見下ろしてスーに言う。
「そろそろ店出ようか。俺もはやく学校のみんなに会いたいし」
「うん! 先生がその気になってくれて嬉しい! みんなきっと喜ぶよ」
耳に心地よいスーの元気な返事がテーブルから跳ね返ってきて、マグは満足そうに席を立った。
***
「ええっ?! 二万八千円だって?! いやいや、これ何かの間違いじゃないのか……?」
退店前の会計で素っ頓狂な声をあげ引っくり返りそうになる。レジスターを爪で器用に叩く犬頭が俺をじろりと見た。
「お客様」
低い紳士の声で話す犬頭が指す少しアンティークな機械に円という表記が表示されている。
ファンタジーに溢れた西洋風のこの世界での通貨が日本円なことにも驚いたが、それだけならこんなに大きな声を出したりはしなかっただろう。
「パンケーキが一万円、コーヒーが八千円、席料サービス料を一名様につき五千円……」
手書きの伝票を示され読み上げるスーも俺のとなりで唖然としていた。
このお値段は明らかにゼロが一つ多いのではないか。
確かに味は良かったし店の居心地も眺めも良かった。だが、それにしてもである。
(カフェで日本円なのにサービス料という表記もなかなか。見たことないぞ)
「先生ごめん。ボク頼みすぎちゃったかも……そんなにお金持ってないよ……」
俺が払えないことを先に察したスーが小さな声で謝罪したが、これは彼女のせいではない。
この店の酷すぎる価格設定がとんでもないのである。
しかし、そう決め付けるにはまだ判断材料が足りなかった。
仕方がない。この世に蘇ったマグ先生は、蘇ったばかりなので今の時代の金銭感覚を知らないのだから。
そう自分に言い聞かせ、涼しい顔をした犬頭に文句を垂れたい気持ちをぐっと堪える。
まさかだが、 転生する前の俺はドケチだったのだろうか。いや、それはないと思いたい。
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