1-5
「先生って呼んでくれてるけど俺、君に何を教えてたの?」
「いろいろだよ。先生はボクらの学校の先生だったから」
「君たちって、ドラゴンの?」
「ううん。そうじゃなくって。もっとみんなの」
大きめに切ったパンケーキを幸せそうにほおばりながらスーは答える。
「ここから海の先っぽのほうにある魔法学校の先生だったんだよ。死んじゃうまでは」
また新しい情報の雪崩の中に、聞き流せない言葉がそっと付け加えられ、俺は掴んでいたフォークを取り落としそうになった。
「死んじゃうまでは……? 俺、死んだのか?」
「そうだよ。だからボクもびっくりしたんだ」
驚いてそのまま復唱し聞き返す俺に、スーも食べていた手をとめ真剣な顔で向き合った。
「'マグ先生はこの世界を救ったかわりに死んじゃった'んだって、ビアフランカ先生やみんながそう言ったの」
明るく愛らしい笑顔ばかり見せていた彼女が語気を潜めて突然神妙な面持ちで話し始める。
その中に個人を特定する名前が二つ拾えたのを俺は聞き逃さなかった。
――――――マグ。
これが俺の体の本来の持ち主の名前だったのだろう。
この名前が幾度も頭の中で反響する。
「ボク達を守るためにマグ先生は魔王と刺し違えて亡くなったって。すごく強い魔法を使って消えてしまったんだって、ビアフランカ先生が言ってた……」
かつてこの世界・ミレニアローグは闇を操る魔王が侵攻し災厄によって支配されようとしていた。
その禍を撃ち破り、平和を取り戻すために貢献したのが、魔法学校で子供たちを教えていた教師の一人・マグ。その本人だった。
彼は強い力を持ちながらも正義感に溢れた皆の憧れで、争いを好まない優しい人だった。
そんな中、世界を救うためにマグを頼ってきた旧友の騎士たちや、戦いの道具を作る昔の教え子と共に悪に立ち向かう日がやってきて、彼は大切な物を守るために自らを犠牲に魔王を倒して英雄になったのだ。
スーが語った話を要約すると、そういうことだった。
まるでおとぎ話かはたまたゲームの世界か。
俺が思っていたよりもずっとこの世界はファンタジーとして確立していて、でも妙にリアルでいた。
俺がそのマグとして転生したのなら、使命があるとすれば魔王を再び倒すこと。それを課せられているのかと思えばそうではない。
世界は既に平和を取り戻した後で、ならば俺が転生して来た理由は一体何なんだろう。
(……だめだ。やっぱり出てこない)
「そうだったのか」
「うん。だからね、先生と会ったときすごくびっくりしたし嬉しくって……」
スーの緊迫した表情が和らいでいく。
「先生が何も覚えてなくても、ボクらは先生のこと待ってたんだ。帰ってきてくれてありがとう」
真っ直ぐに俺を見つめる彼女の大きな目が潤んでいた。
そんな顔で見られていては、今さら自分はマグではないとは言い出せない。
彼女の気持ちを考えれば胸が痛み、言葉が喉で引っ掛かる。
大体、俺は自分自身が何者かわからずにいて、確かにマグではないけれど、それを言ったところで自分が誰か説明も立証も出来ないのだから。
だったら、目の前の幼気な少女のために、彼女の教師を演じることが一番良いことなのではないか。他には何のあてもないし、無理をして本当の自分を探すよりもよほど簡単なはずだ。
「今までごめんな」
「やだなぁ。先生、さっきから謝ってばっかりだね」
自分は暫くの間マグでいよう。それでいい。
思いを新たにそう決めてスーの笑顔に胸を撫で下ろした。
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