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 おさかな紳士のヒレ付き下半身でもなく、スーのような大きな尻尾や羽根も付いていない。

 ただ一つ違ったのは、ずっと左手で触ったまま離せなくなっていた角の存在。

 黒曜石のような反射をする禍々しい大きな角が頭の左側にだけ存在している。異質な存在感をもって。


 それは明らかに俺ではなかった。俺自身の本当の体ではないことは最初にわかっている。だけれど、肝心な、俺が何者だったのかを思い出せない。

 今の俺は、この体を俺自身のものだと思うしかない。

 でも、何のために。誰が俺をこの姿にしたのか。俺自身が選んだのか。何も答えが出てこない。


「くそっ! なんだこれ! 俺は誰なんだよ……!!」


 無意識に足が出、前方に座っていた客の椅子を蹴飛ばしてしまった。


「ひいっ! なんですか?! あなたは……!」


 客の悲鳴でスープの水鏡に波紋が起き、映っていた男の姿が見えなくなる。


「何してるの先生! あ、あのっ、ごめんなさい!」


 気付けば冷静でいられない俺の後ろでスーが代わりに謝罪してくれていた。

 自分が何者なのか知りたかっただけ。出掛かった言葉を飲み込んで、迷惑をかけた客に頭を下げた。


「先生、自分の顔見て驚いてるの……? やっぱり何だかおかしいよ。疲れてるんじゃない?」

「ごめん。そうじゃないんだ」


 スーに手を引かれながら迷惑をかけた客に再度謝り、自分のテーブルに戻った直後。

 頼んでいたデザートとコーヒーを犬頭のウェイターが運んで来てくれた。



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