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 とにかく、人間としては体の作りが難解なのだ。しかし、所作は年頃の少女そのものであって、自分が警戒しているのに対し、スーは何ひとつこちらを疑ってはこない。

 それどころか俺のことを「先生」などと呼び、ずっと心配してくれている。

 

 俺は一つずつ、彼女との対話で得られる情報を頼りに会話を進めていくしかない。自分のことを思い出そうとすれば頭が軋むように痛くなるし、おそらくスーは俺よりも俺のことを知っているはずだ。


「それじゃあボクはフルーツののったこのパンケーキがいいなぁ。三段重ねのアイス付き! 先生は? コーヒーでいいの?」

「うん。俺はコーヒーでいいや」


 メニュー表の文字の羅列を指さしてこちらに見せるスーに相槌を打つ。

 何が書いてあるかまでは頭に入ってこなかったが、我ながらスムーズに会話できている気がする。と、そのタイミングでスーの頭の上に疑問符が浮かんだ。


「うん? 俺……? 先生って自分のこと、俺って言ってたんだっけ?」


 しまった。そう思った瞬間、頭がぐらつくような感覚が来た。首の後ろが冷やっとして。


「記憶喪失って大変だね。自分の一人称もわかんなくなっちゃうのか……。まぁいいや。先生は、ミルクはいっぱいでお砂糖は少なめだったよね。すみませーん、注文いいですかー?」


 スーが純粋で助かった。間髪入るか入らないかすぐに次の自己解釈で一人納得した彼女はウェイターを呼んだ。

 想像していたとおり、彼女は俺のことを俺よりも遥かに知っているという確信に繋がる気遣いを添えて。


 例えばよくあるおとぎ話のように、何かに引き寄せられてドアをくぐってここへ来たのか。

 昔みた漫画のように、道路に飛び出した少年を事故から救って代わりに死んでしまい、ここに連れてこられたのか。

 あるいは、閉じ込められて遠いところに連れ去られ、逃げ出たところがここだったのか。


 肝心なところが思い出せない。俺自身がどうやってここへ来たのかが。確かに何かが起きて、何かのためにこの世界へきているはずなのに。漠然としすぎていて何も出てこない。

 最初から思い出そうとすると脳が軋む感覚が起きるのはこのことを考えるときに起きている。


 だがしかし、それ以上にすぐ解決すべき現状の問題は俺の今ある体のことだった。


「俺にも角があるのか……?!」


 今まで自分自身の体だと思い気に留めていなかった姿を慌ててさぐる。

 頭の左に手をあてたまま、テーブルの上の小さなコップを乱暴に引き寄せ自分の姿を映そうとしたが、氷が揺れてよく見えない。


「せ、先生、落ち着いて……!」


 立ち上がる俺の慌てた様子に制止をかけようとするスーを横目に、俺は後ろの席の客のスープ皿を覗き込んだ。橙色の澄んだ液体の中に見覚えのない男の姿が映り込む。


「これが俺……?」


 そこに映っていたのは確かに人間の姿だった。

 平凡な顔つき、手入れは時々清潔感を保てる程度にといった適当な長さの薄茶色の髪。

この世界では一般的だとみてとれる飾り気のない服装。足先から手の指まで疑う余地もなく人の形をしている。

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