#045 『 覚悟 』
「今、戻ったわ。アルトス」
胸を突き出しながら自慢げに告げるオリヴィアに俺は笑みを溢すとそもまま、彼女に近づき頭をくしゃくしゃにしながら撫でて応えた。
「ちょっと!!」と嫌がる彼女をよそに俺は今後の作戦における配置をオヴリヴィアに告げる。
「オリヴィア。君には俺と一緒にデヒューバース攻略を担当してもらう。
そして、ベイロンにはカンブリア山脈の防衛戦を担当してもらう。」
「わかったわ。でも、攻略に必要な兵数はどうするの?」
オリヴィアの指摘に俺は頭を悩ませた。
兵力の劣る我がウェストリー王国は、最大で八千人の正規兵と八千人の予備兵の計一万六千人の兵力が存在する。
しかし、先のマーシアとの戦争によってすでに四千人近く亡くなっており、そのうち二千人が負傷し、すぐには戦力としてならない状態だった。
そうした中での侵攻に不安を覚えるものの俺は兵達を現地調達する方向を考えていた。
いくら現有兵力が少ないとは言え、倒した敵を仲間に引き込んでしまえば兵力不足はいくらでも補うことができる。
しかし、これは同時にその地やその人々に恐怖を植え付けてしまうことに繋がり、後の統治に影響を及ぼす事になる。
いや、だがあれを行えうことができるのではないか?
そう考えて俺は、オリヴィアの質問に応えた。
「大丈夫だ。それには一つ考えがある。」
そう言いつつ俺は現有兵力の捻出を行い、兵の編成を考えた。
その結果、総勢二千名の兵力を用意し、一千人を俺がもう一千人をオリヴィアの指揮させた。
兵力としては騎兵四百、弓兵六百、歩兵一千人という感じだが、それが今出せる兵力の限界だった。
故に俺はデヒューバース攻略において電撃戦を再び採用した。
というのも、今回の三国同盟における戦いに勝つためにはいくつかの条件が存在するからだった。
その一つが時間だった。
時間とは季節のことでも長期戦ということでも同じだった。
すでに季節は夏終わりで夜も最近では冷えることが多い。故に、夜間行動ができないのは当然として、寒さは兵たちの士気にも関わってくる。
また、長期戦もできない。一度冬が来てしまえば次の春までは軍事行動はできない。これは兵たちが望まないのもあるが、それ以上に兵を動かせば無駄に死傷者を増やすだけで大した成果は得られないからだった。
加えて長期戦になればなるほど国力は減衰し三国同盟の攻撃を受け切れなくなってしまう。
そのため時間は今回、最大の敵とも言えた。
故に、俺はデヒューバースの比較的平坦な地形が続く特性を理解した上で電撃戦を採用した。
また、俺はこの中途半端な時期に軍事行動に出たのには訳があった。
まず、デヒューバースの敵も馬鹿ではないためにすでに兵力をコツコツと集め始めていたこと。そして、冬備えを始めていること。
加えて三つ目には、来年春には三国同盟が押し寄せてくることが予想されるから。
以上の三つの理由があるために俺は今年の冬が来るまでの間にデヒューバースを平定し併合することが必要だった。
デヒューバースにおける敵兵力の集合は脅威であるのと同時に、招集への時間のロストにつながる。
また、冬備えの準備は電撃戦に必要な物資の供給を行える拠点が敵の陣地に築かれることを意味する、つまり必要最小限の手荷物で進撃が可能となり、移動時間の短縮と兵たちの士気向上につながることが最大の決め手となり俺はこの中途半端な時期で侵攻を始めようとしていた。
そして、兵力を集め終えた俺は兵たちとそれを従える部隊長を中心に兵達を門前に集め門を開け放たせる。
これより先は速さを肝としたデヒューバース攻略が始まる。
そのことを心に刻みながら、俺は馬に跨りながら剣を掲げて叫ぶ。
「いくぞ!!!」
ただ、行くということを告げる俺の言葉に兵たちは皆その意味を察して、一斉に「「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」」と応えるように叫ぶ。
数秒、叫びあっていると砦に残った兵力も叫び始めた。
それを合図に俺は、馬を駆けさせて門を勢いよく出た。
砦に残った兵たちに見送られながら俺とオリヴィアそして、二千人の兵たちは飛び出し、デヒューバース攻略に挑んだ。
◇・◇・◇
デヒューバース攻略にかけられる時間は長くて二ヶ月。
これは兵たちの限界ではなく、無視できる犠牲をはるかに超える犠牲が出始めるのがちょうどこの二ヶ月後の時期なのだ。
太陽がある時は問題ないが、ない時は一気に冷えるこの寒暖の差に多くの兵は無意識にストレスを溜め、不満が募りやすくなる。
そういったことを理解した上で俺は、兵達を動かし続けなければこの戦いに勝利はなかった。
また、今回は速さを肝にするために攻城兵器は一切ない。
そのため、籠城戦に持ち込まれれば言葉巧みに下すしか方法はなくなる。
しかし、それは相手が乗ってきたらの場合にのみ限られてしまう。
だからこそ今回、俺は右手の力を使うことも辞さない覚悟でデヒューバースの地を駆けていた。
デヒューバース地方は比較的温暖でそこまで広くはないが肥沃な大地が広がっており、原生林も多く木材が豊富にあった。
肥沃な大地や木材が豊富なこの地方は昔からウェールズでも一目置かれた場所であるがその実はあまり繁栄することはなかった。
その理由としてはまず広大という文字が浮かぶからだった。
そもそもデヒューバース地方は三人の領主による領地で支えられており、主にこの三領主が開拓を含む統治を行うはずが、そのうちの二人の領主は財力が乏しく、開拓に回せるだけの財力はなかった。
また、残りの一人も財力はあるものの開拓の知識がなく、例え開拓を行えるものを雇っても広大なデヒューバースを一人で開拓し続けるのは難しかったという理由から繁栄を享受するには限度があった。
この時代において、食料は大きい金にはなるが木材はそこまで大きいお金になることが珍しい。
なぜなら、原生林がまだ残っている地域が多く、木材というのは森に行けば誰でも取れる上にたくさん存在するため、どうしても薄利多売の商品になってしまうからだった。
実際に過去にデヒューバースで行われた大伐採による開拓で木材だけが余りまくり、木材の価格がただでさえ少ないのに暴落したという記録もあった。
とはいえ、木材は燃料であるために常に一定の需要が存在するため、赤字ではあるものの大赤字になることはなかったという。
また、デヒューバースは人口も開拓地として圧倒的に少ない。
その理由としてはすぐ隣に商業、工業、文化が発展した古くからウェールズの中心として栄えてきた地域があるためだった。
本来は隣の地域の供給源として存在するはずが開拓が進まなかったために見放され、人口が隣の地域に流されたということが過去に何度か存在し、それがまた開拓を遅らせるなんて悪循環が幾度となく繰り返されてきた。
そのため俺はデヒューバース攻略は比較的簡単に攻めることができると考えていた。
◇・◇・◇
「矢を放てーーー!!!」
叫ぶ部隊長達を横目に俺は、苦虫を潰したような顔をしていた。
クソッ!! どうして降伏しない!?
内心、悪態をつきながら俺は連れてきた兵たちを指揮し目の前のペンバルクという都市を陥落させようとしていた。
港街のここは戦略上、どうしても欲しい都市だった。
だからこそ、俺はまず対話のために交渉人を用意し都市への降伏を迫った。
それこそ、税の免除や保証の類などもつけて。
しかし、俺の降伏勧告に都市は拒否し籠城戦の構えを見せた。
故に俺は攻めざるを得なくなった。
この都市はデヒューバースを攻略するのにあたり、兵站の維持の他にエール島からの脅威を防いでくれている海軍の活動領域を広げるためにどうしても必要不可欠であった。
だから、俺は早期的かつ無被害で手に入れるべくだせるだけの条件を提示したがあっけなく拒否されたことでしたくもない戦いを繰り広げていた。
「クソッ!!」
そう呟くように俺は下唇を噛むと隣にいた伝令兵に撤退の命令を下す。
すでにいくつかの部隊からかなりの被害が出ており継戦は困難と判断したための撤退だった。しかし、都市側は勝利を叫んでいた。
仮拠点まで撤退すると負傷した者は手当を受けさせ少ない兵力の温存を図った。
同時に、攻城兵器を持ってこなかったことを後悔した。
もし仮に攻城兵器を持ってきていた場合には都市の守りを突破しここまで苦戦することはなかった。
また、地下道による城壁への攻撃も試そうと思ったが、そもそもが港街なところに地盤をいじればどのようなことが起きるかわからない。
下手をすれば地盤沈下を起こしこっちの被害も出てしまう。
そうなってしまえば本末転倒だ。
俺は手詰まりに感じながらも脳をフル稼働させてどこか案はないかと模索する。
しかし、このままの平押し戦法ではいつかは陥落するかもしれないが、被害の想定を考えた時にそれは愚策になる。
少ない兵力を無為に潰すほど俺は馬鹿ではない。
だが、具体的な方法が思い浮かばないのも事実であった。
自身の天幕に戻り俺は椅子に腰をおろすとそのまま考え込んだ。
海軍を動かし、敵の背面を襲わせることはどうだろう。
背後を脅かされれば敵は兵力を分散せざるを得なくなり手薄になった正面を破ることができるかもしれない。
いや、その場合はエール島の奴らが攻めてくるかもしれない。
ましてや、この世界には艦砲射撃という概念がない。あるのは精々、海からの矢による援護射撃ぐらいだ。それに、矢による攻撃ではやはり威力が足りない。
加えて、海からの上陸作戦も被害を考えれば実行には移しづらい。
そこまで考えて、俺は右手の甲を見た。
例の刻印が刻まれて以来、普段から手袋をして隠しているこの右手の力を使うことができれば、この都市を落とすのは簡単だ。
しかし、それにはいくつもの問題が存在する。
まず、強大すぎる力は人々に恐怖を刻み込んでしまうこと。
これは庇護者としている分には心強いが、統治者としてはいつでも恐怖政治で人々を縛り上げることができることを意味する。
そんな力を見せてしまった時には人々はおそらく俺を脅威と見做し排除しようとするだろう。
そうなってしまえばこれを持つ意味がない。
一人悩む俺にそっと二つの柔らかい感触が背中を押そう。
ふっと振り返るとそこには優しい笑みでニコッと笑うオリヴィアが俺を後ろからそっと抱きしめていた。
「まだ、時期ではないと思う。その力を使うにはね。」
そういってオリヴィアは顔を近づけるとそっとキスをしてきた。
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