#044 『 国内問題 』
「で、なんでいるんだ?」
訊ねる俺の前にアンリエッタは微笑みを浮かべながら応える
「ついてきました。」
「いや、ついてくるなよ。それよりもいいのかシュルーズを勝手に出てきて俺たちについて来るなんて。一応はマーシアの女王だろ?」
頭を掻きむしりながら訊ねる俺にアンリエッタは苦笑しながら応える。
「私から王位を奪ったあなたが今更なにを言いますか。それに勝手に出てきた訳ではないですよ。私は民に追い出されたのです。」
そうかたるアンリエッタの目にはどこか悲しみがあり、呟くようにことの顛末を話し始めた。
曰く、エドワードを退位させたことで民からの信頼を勝ち得たアンリエッタだったが先の戦いにおける敗北、そして王位の喪失という講和条件によって一部の貴族、豪族たちが民を煽り、アンリエッタを殺害し廃位させようとした。
だが、此度の内容を全て知っていた貴族や豪族たちがアンリエッタを庇う形で逃亡を手助けし、もはや陥落寸前のシュルーズ目掛けて軍が集結し出した。
特にマーシア東部でヨークとアルビオンを押さえ込んでいた貴族や豪族たちからはアンリエッタはマーシアをアルトスに売り渡し裏切ったということで次々と反旗を翻し、ヨーク側とアルビオン側へ与するようになった。
結果、ヨークとアルビオンは寝返った貴族や豪族たちを殺さずに生かす条件に兵を供給させ前線に送らせた。
こうして膨らませた兵力をヨークとアルビオンはウェストリー王国への圧力として利用するとともにマーシアの女王アンリエッタを捕らえ王位を奪う正当性を得ることができるようになった。
そして現在、それらの諸条件により戦争しやすくなったヨークとアルビオンは長期戦を前提としたウェストリー王国への圧力を強め、弱ったところを叩く算段をつけている。
そこまで考えると俺は溢すように言葉を漏らす。
「なるほどな。」
自分がしでかしたことへの若干罪悪感に苛まれながら、俺はアンリエッタをちらっと覗き見る。
するとアンリエッタは何も慌てることなく、落ち着いた様子でメイドから渡された軽食と水を飲み食いしていた。
「俺がいうのもなんだが、もう少し緊張感はないのか?」
「緊張感ですか? ありますよ。でもあなたのせいでこうなった以上、あなたに解決して貰わないと。」
グサッと刺さる言い方に俺は再度胸を痛めるが、即座に切り返すように告げる。
「ともかくだ。今は手が離せない。ヨークとアルビオンの連合軍にエリン王国の脅威もあるからな。そうすぐには解決できない。それに君がどうしたいか俺にはわからない。」
「どうしたい……ですか?」
キョトンと首を傾げるアンリエッタに俺は応えた。
「王国を取り戻したいのか。民を取り戻したいのかだ。君の目的がわからない以上、下手に手を出したくはない。」
「そうですね。私は民も王冠も欲してなどいません。そもそも私には皆を率いるだけの力はありませんからね。
でも、誰もが平和かつ幸せに暮らせる国を作りたいとも思っています。」
アンリエッタは目を輝かせて告げる。その言葉に俺は内心にあった良心が刺激され、あきらめるようにアンリエッタの口車に乗る。
「わかった。ただ、条件として三国同盟を瓦解させ脅威を排除したら話の続きやその他諸々を聞こう。それまでは我が国に残ってもらう。いいな?」
「ええ、構わないわ。」
優しい笑みを浮かべて応えるアンリエッタに俺は不意にも可愛いと思ってしまい、つい癖でそっぽを向いてしまう。
「では、失礼するわ。サンドイッチもお水も美味しかったわ。」
それだけ告げて、アンリエッタは天幕を出た。
その様子を傍目で確認しながら俺は一人残った天幕ではぁ〜と一際い大きいため息を吐いた。
「全く、どうして迷惑ごとがこうも立て続けに起きるんだ?」
一人寂しく嘆く俺に誰か応える訳もなく、シーンと静まり返った天幕の中で腰を下ろした。
◇・◇・◇
「それでどうでした? アンリエッタ様。」
天幕から出て早々に訊ねる近衛隊隊長にアンリエッタは応える。
「とりあえずの承諾はいただいたわ。ただ、詳細な条件等は今回の三国同盟の結果次第って感じで保留になったわ。」
「当然と言えば当然ですね。」
「ええ、だからこそ、私たちも子乗った回に参加せざるを得なくなったけどね。」
「と言いますと?」
「結果次第って言ったでしょ。つまり、私たちが目に見える成果を出せば向こうもある程度は考えないといけないってことよ。」
「つまり、妥協を出させるための対価ですか。
確かにそうなれば向こうも向こうで受け取らないという選択肢はなくなる他、交渉の場においてはすでに対価を得た身であるために妥協せざるを得ない。
素晴らしい一手かと思います。アンリエッタ様。」
「褒めてくれてありがとう。でも、そう簡単なことではないわ。
アルトスはヨークとアルビオンの軍を退けることは考えてはいるけど、それは旧マーシア領への全面的な侵攻による脅威の排除ではない。
つまり、私たちが今すぐに提示できる地の利を封じられているということ。
それに私たちはウェストリー王国よりも数が少ないというのも問題ね。
何かをしようと思ってもウェストリー王国の手を貸してもらわないと何もできないとなると妥協を引き出すのは難しくなる。」
「数少ない私たちだけで目に見える成果を出す方法がある、ということですね?」
「そうね。」
「これはまた難問ですな。」
「でも、やるしかない以上やるわよ。そして、必ずアルトスには妥協させてやるんだから!!」
「ハハハ」
相変わらずの二人にメイドの女性は苦笑する。
そして、そのまま三人はアルトスが築城させた砦の中の一角に陣取り、独自でヨークやアルビオンの連合軍を排除する方法を考えた。
◇・◇・◇
「うーん。」
一人、唸るような声を出しながら俺はテーブルに広げられた資料と睨めっこしていた。
カンブリア山脈の山頂を数珠のように一本の道を通した線上に砦を築き、連結させる防衛陣を築くのを急いだために兵たちは疲弊し、すでに数多くの帰郷の願う声が俺の元へ送られていた。
このままでは俺の求心力は低下し、兵たちは敵と遭遇した途端に降伏するかも知れないと悟った俺は新たにオリヴィアに派遣させた予備兵力と入れ替わることで帰郷を願う兵達を本国へと送り、残りの兵力で防衛陣の構築を急いだ。
幸いに、すでに七割方が完成しているために問題等は無いが、防衛面が大きい割には捻出できる兵力が少ないためにどこまで防衛に成功できるのかは不安が残る。
また、それにとどまらず、砦をいくつも築城するこの防衛陣は強固な反面、コストが高く、伝書鳩越しにエドモンドと財務担当のコルベールに怒られた。
一方でデヒューバースへの侵攻がしやすくなったというメリットがこの防衛陣を築く際に偶然にも生まれた。
ウェールズを縦に横断するこの防衛陣は物資を運ぶのに便利であり、兵力を移動する際にも有効に使える手段となった。
それを新たに考えてみるとデヒューバース地方への侵攻で危惧されていた兵力は随時送ることで解決し、また連携を増やすことで兵站の維持も可能となることがわかった。
兵力と兵站を維持できることになれば、デヒューバースは容易に崩すことが可能となる。
そうなれば、背後を気にすることなくヨークとアルビオンを相手に時間を稼げば良い。
そう考えながら、俺はデーブルにある資料を読むのをやめて一旦、休憩した。
短期決戦しか道はないとはいえ、こうも立て続けに戦争、戦争と続けていけば恐らく国は破綻する。
故に俺はいち早くこの戦争を終結させ新たに得た領土を下に内政を行い、国の地盤を固め国力を増加し、アルビオンを統一するための戦争を行えるだけの体力を築きあげることこそが今できる最善策だと思っている。
足腰が弱ければ例え腕っぷしが強くても真に倒れない国は作れない。
その言葉を肝に銘じて、俺は内政を行う。
この戦争でウェストリー王国の問題点はいくつか上がってきた。
まず、財面では圧倒的に足りない。負債を増やすことで現状辛うじて国として運営できているが常に国庫が火の車状態では問題だ。
次に兵力。いかに精鋭とはいえ、圧倒的に兵力が足りない。
常に、予備兵力を動かして兵力を水増しするにしても限界があり、また一度失敗すればもはや取り返しがつかない状態になるのは非常に危険だ。
また、教育も然りだ。
俺の持つ知識はどれも十数世紀先のものだ。
これは一見強力なアドバンテージではあるが問題はそのほとんどを利用できない点だ。
なんせ、いくら十数世紀先の知識を得たとしてもそれを他人に説明できないからだ。
まず、そもそもの基礎がない人にどのように物事を説明すれば良いのかという根本から説明をしなければならない。
それこそ銃を知らない人に銃を説明したところで何になるのか理解できやしない。
基礎的な化学すらあまり発展していないこの世界でせいぜい科学と呼べるのはインチキまがいの錬金術くらい。しかし、教育は一日やそこらでできる話ではない。そもそも、教育には時間もコストも非常にかかる。
故に後回しにしてきたが、ウェールズはイングランドとは違って平野がなく山地が多い。これは一見して守りやすいが同時に人口が増えにくいという性質もある。
何せ、多くの人口を賄えるだけの肥沃な大地が少ないのだ。
だからこそ、人口という数で劣る我が国が他国と戦争し勝つには質を上げるしかない。
その質を高める方法が俺にとっての科学だった。
科学は一度作ってしまえば学のない他人でも容易に同じことをすることが可能となる。
それこそ兵一人一人が剣術を極めなくても、銃を量産し兵に持たせればあっという間に強力な軍隊が築き上げることができる。
その方法でしか俺はアルビオンを統一する方法はないと考えている。
それに、この世界には魔法という未知の要素がある。
その魔法に対抗する方法は俺の知る限り、同じ名称を一時期得ていた科学しかないと思っている。
人類が魔法を使えない以上、科学を極めて科学立国しなければおそらく人類には未来がない。
一生奴隷種族として生きるか、独立した種族として生きるかは人類が持つ知恵にのみかかっている。
その考えを広く広めるためにも俺はこの戦いを勝ち抜き、領土を広げ、国力を増加しなければならない。
一人より二人を同時に説得した方が時間は少なく済む反面、前例があれば人は特に警戒心を抱くことなく、容易に受け入れる事になる。
そんなことを考えながら休憩しているとバサッと天幕の入り口から一人の女性が入ってくる。
「今、戻ったわ。アルトス。」
そう告げるオリヴィアに俺は驚きつつも、どこか納得した。
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