#043 『 包囲網対策 』

「急ぎ、どうなっているのかを確認しろ!!」


 囃し立てるようにエクトルはホーリー城の謁見の間にて叫び出す。


 その声にあてられホーリー城で勤務する文官たちはバタバタと慌てて確認作業へと向かう。

 そして、イザベル、マーリン、エクトルの三人が謁見の間に残ったのを確認するとイザベルは口を開く。


「それにしても、敵さんもようやくうちの王が目障りになったみたいやな。」


 陽気にも聞こえるその言葉にエクトルは即座に反応する。


「妙に嬉しそうだな。イザベル。」


「そりゃあ、そうですよ。狙われるってことはそれだけ王が脅威ってことを意味する。つまり、王がそれを覆すことができれば、名を上げることになりません?」


 陽気に応えるイザベルにエクトルは短く「そうだな。」と告げると、そのまま少し考え込む。


 今回の戦争でマーシアは失脚し、遅かれ早かれ滅亡する。

 その上で問題なのは、ヨークシャー王国とアルビオン王国の動向だ。

 ヨークシャーは長年から王国の玉座を目指していた、いや正確には悲願とまで言える。

 対するアルビオンは現在事実上に王都ロンディニウムを支配しているだけあって強国だ。しかし、真に恐ろしいのはその膨大な人口だ。

 人口の多さはアルビオン、ヨークシャー、ウェストリーの順に下がっていく。

 故に、アルビオンとの全面戦争はこちらの敗北率が上がってしまうためにあまり長く続けたくない。


 そう考えて、エクトルはマーリンに訊ねる。


「どうすべきだと思う? マーリン。」


 急に訊ねられたことで飲んでいたワインボトルを口から離し、ワインを片手に数秒考える。


「短期決戦。それしか、道はないかな〜。」


 そう告げるマーリンにエクトルは頭を抱えて「そうだよな。」と呟く。


 もはや短期決戦しかないとエクトル自身も考えていた。

 何せ、人口で負けるアルビオンの他、ヨークやエリンまで敵になれば長期戦はかなりの不利になる。であれば、敵が準備もままならない状態でいっそのこと開き直るように一気呵成に打って出てしまうのはいい案なのかも知れない。

 仮に、打って出たことで一国を退けることができたのならば十分に効果はあるし、後の戦いにおいても三国よりかは二国を相手にしなけえればならないものの負担はその分軽くなる。

 また、三国同盟のうち一国が攻められたことで降伏すれば、同盟そのものも危うくなり空中分解するかも知れない。

 故に、効果はある。また、幸いにも三国同盟のうちエリンは海を挟んだ向こう側に存在する国だ。

 エリン王国の存在は脅威だが、そもそもエリン王国が海軍に特化した海洋国家ではない。

 むしろ、陸軍特化である。であれば、ウェストリー王国海軍でエリンを足止めしつつ、陸続きとなるヨークとアルビオンを警戒しどちらかを講和まで持っていくことができれば十分に勝機はある。

 また、同盟締結後とはいえ、こちらにはエリンの宿敵であるエルニア王国が味方として参戦してくれるメリットもある。

 無論その際は、どれだけの援助をしてくれるかは不明ではあるものの味方だと聞いたエリン王国の行動は容易に読める。

 エリンはわざわざ海を渡ってまで攻めるようなことはせず––––––––嫌味程度での海軍同士の衝突はあるかも知れないが––––––––エルニア王国を攻めるだろう。

 それを逆手に時間を稼ぎ、ヨークとアルビオンの両国を攻め落とし、一気に場面を変えることができれば、勝算はある。


 しかし、それを一介の将軍が勝手に決めるようなことはできない。とりあえず、ウェストリー王国の国王たるアルトスに報告し意見を具申しなければならない。

 その際、返事が来るまで時間はかかるが、その間にできることをこなし、アルトスからの命令が届き次第、皆に通達し行動できるようにする。それこそが王の配下として相応しい行動だ。


 そこまで考えてエクトルは謁見の間に集められた情報を元に作戦を立案し始める。

 具体的な敵の数は不明ではあるもののそこを経験で割り出し、防衛箇所を改めて確認し、出来ることと出来ないことを明確に分けた上で優先順位をつける。

 これは戦力で劣るウェストリー王国といしては苦渋の決断だと言わざるおえないがこの状態では仕方ない。

 エリン方面に海軍の殆どを派遣し、エリンを警戒及び迎撃を行う。

 ヨークやアルビオンが攻めてくるミッドランド方面には地形を利用した防衛線を展開し、旧マーシア領のデヒューバース方面を一つづつに攻略しポーイスの背後を固める。また、アルビオンの力がウェールズに届かないように牽制しなければならい。


 もし仮に、デヒューバース方面にアルビオン軍が上陸してしまえばこちらが一気に不利になるばかりか地形を利用した戦線の構築、維持が難しくなってくる。

 それを防ぐためにはいち早くデヒューバース方面を固めていき、足元の土台を強固なものへとさせる必要がある。

 そして、そのままの状態でアルビオンと衝突し侵攻を防ぐ。


 ヨークはウェストリー王国のレクサム、モルド、ルシンによる盾と今回新たに手に入れたシュルーズを使い防ぐことがでできる。

 シュルーズを餌にヨーク軍の主力を惹きつけてレクサム、モルド、ルシンからポーイスの山々をなぞり、カーディフ城をつなげる。まさにウェールズとイングランドを分ける境界線のように感じるが、ここを防衛線として活用することで容易に突破はできない。両端を堅牢な城塞で塞ぎ、中央には天然の障壁を用意する。

 今更ながらウェールズの地形に感謝すると共にヨーク軍を撃退する方法を考える。


 「それよりもどうするよ。これは?」


 考えるエクトルを呼び戻すようにマーリンが声をかける。

 そんなマーリンの手は親指と人差し指を繋げて輪をなしてエクトルに見せていた。


 「お金か……。」


 確か、今回の戦いでもかなり無理をしたと聞く。

 その中で、さらに負担が増えてしまうと戦争どころでは無くなってしまう。

 すでにウェストリー王国の国力は限界を超えている。

 長期的な戦争は不可能であり、非常に短期的なそれこそ一、二ヶ月ほどの戦争も行えるかどうか。いや恐らく、行えない方が強いと思われるが、この場合はそうも言ってられない。

 時間は味方ではなく、お金もない。戦力も絶望的にコツコツと広がっている。


 そうした中で、どうすればいいのかを頭で考えていると突如、バンという音とともに謁見の間にズカズカと入る男が合わられる。


「それは問題ないよ。マーリン。今しがた集めたところだ。」


 そう告げる男は、若干痩せ細り目の下にクマができていたもののエクトルにとっては顔見知りだった。


「エドモンド!!」


 告げるエクトルにイザベルは警戒心を解く。


「久方ぶりだ! しかし、戦費を確保したとはどういうことだ? エドモンド。」


「実は––––––––」


 そうして話し始めたエドモンドにエクトルは耳を傾けた。


 曰く、アルトスの命令ですでに先の戦い以降から戦費を確保して欲しいとの依頼があったとのこと。

 その際、自身はマーシア領のデヒューバース方面へと赴き、マーシアの圧政に苦しめられてきた商人たちをかき集めて、資金を提供してもらい戦費の確保をしていた。

 そしてマーシアの脅威がアルトスによって事実上消滅すると商人たちは喜んだものの束の間、三国同盟による締め上げで今度は自分たちにも被害が出ると考えた商人たちを説得するような形で資金提供してもらった。


「でも、問題もある。資金は集まったがその資金の量は短期決戦を行えるだけの量しかない。つまり、長くて三ヶ月間しかない。それなのに今は––––––––」


「夏の終わり……。」


 口を挟むようにイザベルは告げる。


「そうなんだ。次は秋だ。そんな季節に兵を動かすことはほぼない。おそらくだけど、敵は長期戦の構えだ。秋、冬と追い詰めて、春と同時に仕掛けるって感じでね。」


「そうなるとこっちが不利だな。」


 兵力も劣るウェストリー王国には短期決戦しか勝算はない。

 しかし、季節がらこの時期の軍事行動はできるだけ避けたい。

 何せ、費用が馬鹿にならない上に兵たちの士気にも目に見えて下がっていくからだ。

 だが、それは敵は知っている。そして戦争とはそういった敵の弱点を嫌ってほどに突いてやるのがベターだ。

 痛いところを突いて相手を弱らせる。そして、弱った相手にこちらの全力をぶつけていく。

 そうやって戦争はやっていくものだ。


 それをわかっていたエクトルは顔を曇らせた。


 考えれば考えるほどに不利な状況にエクトルは再度頭を抱えてアルトスの返事を静かにまった。


◇・◇・◇


 伝書鳩からの報告を読むと俺は一瞬考え込んだ。


 敵は三国同盟を結ぶことになった。

 ここまでは自分の予想通りの展開だった。

 故に、予めエクトルにエルニアとの同盟を打診させて成功させた。

 エリンはエルニアが抑えると仮定して問題はアルビオンの兵力だ。

 ヨーク軍は盾とポーイスの山々を使い、シュルーズをお取りに使えればおそらく容易に誘導できる。

 だが、アルビオンの兵力次第によってそこは変化する。


 仮に大規模な兵力をアルビオンが用意すればヨークの攻めるシュルーズを互いに攻め落とし、ヨーク軍の負担を減らすことになる。

 そうなれば、盾を修繕する時間と準備する時間は減っていく事になる。

 それを防ぐためには、アルビオンが大兵力を捻出しないように仕向けるしかない。

 おそらく、アルビオンはここでウェストリーを攻め落とし、ヨークに一杯食わせようとするだろう。

 それを利用して、兵力を分散させることができればあるいは……。


 そこまで考えると俺は馬上ながらも伝書鳩用の小さい羊皮紙に文字を綴ってホーリー城へ残ったエクトルたちに命令を出す。


 そして、オスウィンへと到着すると俺は重傷者と元気な兵たちを選別し、そのままポーイスの山々を目指し進路を変更した。

 時間がない今、いち早く防衛拠点を築くしかない。だからこそ、俺は元気な兵力のみを動かし、カンブリア山脈沿いに砦をいくつか築き防衛力を高めようと考えた。


 重傷者には最低限の元気な兵たちを護衛に本国へと帰還させ、入れ替わりで兵たちを補給するようにオリヴィアとリオンに伝えた。

 現状、できることを最大限考えて伝書鳩を飛ばすと俺は兵達と共にカンブリア山脈を目指し歩み始めた。


 その頃、アルビオンとヨークでは軍をウェールズ方面へと集めていた。

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