#042 『 激震 』

 マーシアの女王アンリエッタが講和に著名した後、俺たちは早速一部の兵たちを選抜し、小規模な軍団を結成。シュルーズへと入城を果たした。

 予め、軍団の入城をアンリエッタに伝えていたからか、特になんのトラブルもなく入城を果たすとそのまま、此度の主犯格として処罰されるエドワード・ベリーのところへ向かった。



 コンコンと若干湿った石畳の階段を近衛隊の隊長とアンリエッタ、オリヴィアと俺の計四名で降りること数分。

 松明を一人もった隊長が地下牢の中でも最奥にある牢の前に立つと「ここです。」とだけ告げて一歩下がり出す。


 牢の中には、左手首を切断された右手両足を鎖で繋がれた薄汚い男性がまるで獣のようにこちらを睨んでいた。

 牢に手を入れようものならすぐにでも噛みちぎられるくらいの獰猛さを肌で感じながら俺は此度の戦争責任を目の前にいる男に果たさせようとした。


 つまり俺は目の前の男を数日後に処刑することを目的に、まだ生きていることを確認しに来たのだ。

 そして、生きていることが確認できると俺は本来アンリエッタすらも背負わなければならない責務をエドワードの仕組んだ巧妙な罠として言い張ることでアンリエッタにこれ以上の責任が降りかからないように考えていた。


「何しにきた。クズどもめ!!」


 野犬のように吠えるエドワードに、俺は一歩歩み出すと言葉を交わした。


「お前の最後を見届けに来た。ただそれだけだ。」


 告げる俺にエドワードはフハハハと笑い出すと刹那、限界まで俺に近づくが鎖の影響もあり満足に立てずにその場に倒れ込む。

 しかし、それでもエドワードは諦めないのか倒れながらも俺を睨む。


「ふざけるな! 俺は王だぞ!! お前らのようなクズに何ができる!!

 俺は必ずここを出てお前らに復讐してやる!!」


「いや、お前はここから出られない。そしてお前はもう歴史になを残すことはない。お前はここで終わりだ、簒奪者エドワード・ベリー。」


 ガシャガシャと鎖が擦れる音を響かせながらエドワードは怒りに燃える。

 そんなエドワードに憐れむ目線を送るとそのまま地下牢を後にした。


 地下牢を進みエドワードを一人また孤独に地下牢へと残す中エドワードは叫ぶ。


「お前らを呪ってやる!!! このクズどもが!!!」


 だが、そんな言葉を真に受けるはずもなく、近衛隊の隊長とアンリエッタ、オリヴィアと俺の四人は降ってきた石畳の階段を再び上り、地下牢をでた。


 その際、小さな声でアンリエッタは呟いた。


「昔は、兄上は優しかったんです。誰よりも優しかったんです。でも、兄上は優しすぎて戦場を駆けることは一番に嫌っていました。だから、将軍や兵、父にも見放されました。見放されて、苦しんで、孤独になった。

 だから、彼はもう傷つかないように、皆が望む悪魔になったのだと思います。

 悪魔に己の魂を食わせて、ああなりました。従わないものは排除する。

 それからは兄上は成果を出し続けました。それこそ父上が恐れるほどに。

 ある時なんて、遠征から帰った兄上は父の前に戦った敵軍の兵とその家族の首を持ってきたことがありました。ごろごろと謁見の間を埋め尽くすほどの頭部に父上は兄上が悪魔になったことを知りました。

 そんな日の夜です。兄上が父上と母上の首を刎ねたのは。

 私は母上の悲鳴を聞いて即座に駆けつけたのですが、そこにはすでに首が落とされた母上に血を被った笑顔の兄上だけでした。」


 話を聞いていくと俺は不思議と親近感が湧いた。

 前世では孤独とまではいかないものの誰とも長く接することのなかった俺は常に一人だった。

 それでも俺はエドワードのようにはならなかった。

 恐らく、俺には争う勇気があったのに対して、エドワードにはそれがなかった。

 見放されることが何より怖くて、誰かについていてほしかった。

 でも父親も母親も誰も救ってはくれなかった。

 だからこそ、エドワードは悪魔のようなものに取り憑かれ変貌した。

 それこそ、失い傷つくくらいならもはや誰も愛さないと逆にふっきってしまい、そのまま坂から転げ落ちるように無慈悲になり続けた。

 そうでなければ誰も自分の気持ちを理解してはくれないと思って。


 そして、アンリエッタはなおも続けた。


「父上、母上を殺害した兄上に私は訊ねました。

 なぜ、やったのかを。でも兄上は何の罪悪感を抱くことなく無邪気な子供のように“邪魔だから消した”と告げてきたのです。

 その言葉を告げる兄上は心底楽しそうでした。

 だからこそ、私は兄上を止めたかったんです。兄上は十分に苦しんだ。

 だから、その苦しみから解放するために私は––––––––。」


「兄の前に立ちはだかり排除した。」


 最後の言葉を俺が告げると、アンリエッタは最後尾にいる俺にふりかえると「そうです。」と短く応えた。


 エドワード・ベリー。

 彼がやってきたことは決して消えるような事もなければ許されるようなこともない。

 だが、手段は間違いだらけでありながら彼は彼なりに前へと進もうとした。

 孤独に耐えるためには悪魔に成り下り、望まないこともするしかなかった。

 きっと彼は最後の瞬間まで孤独と戦い、疲れ果てたに違いない。

 そうした絶望の中でなおも希望に縋ろうとした。その結果、彼は間違い悪魔を見に宿した。


 絶望や孤独に慣れるのはおいそれとできるほど簡単ではない。

 むしろ、その逆でとても難しい。

 しかし、エドワードは毒を持って毒を制す方法で孤独に、絶望に慣れたのだ

 何処までも何処までも深く落ちていくことで自分自身の精神を引き止めていた。

 失うことがないように。誰にも傷つけられないように。


「ごめんなさい。関係のない話をしてしまい。」


 そう告げるアンリエッタの頬には一滴の涙が流れた。

 恐らく彼女自身も家族を救いたいのだろう。

 しかし、王という立場上、簒奪者としてしまったエドワードを許すことはできない。

 もし許してしまえば、国が荒れてしまう事になる。

 故に、アンリエッタは葛藤しつつも前へ進むことを決意した。

 例え兄を自身の手でかけるようなことがあっても、彼女は王としての責務を果たすだろう。


 そう考えて俺は地下牢へと続いていく階段から地上へと上がった。


◇・◇・◇


「これはしてやられましたね。」


「あの野郎!!!」


 バンとテーブルを叩きながら怒りを露にするヨークシャー王国の外交官コルベールにアルビオン王国の外交官オーレンは告げる。


「お前もなぜ、そう平然としている!! あの小僧に出し抜かれたのだぞ!!」


「ええ、わかっていますよ。でも今大事なのは怒ることではない。

 今大事なのは、時期を見計らうことです。すでにエリン王国には我が国の使者を送りました。内容は“同盟”です。」


「なるほど。つまり三国同盟による包囲か。だが、エリンが乗ってくると思うか? あの国はエルニアにしか興味がない。」


「そうですね。ですから手を貸すのです。同盟を受け入れたらエルニアを攻める手伝いをするとね。」


「さすがと言わざる手腕だな。」


「ありがとうございます。ですからあなた方にも同盟の話をと思いましてね。」


 そう言ってオーレンは秘密同盟の詳細が書かれた羊皮紙を手渡す。


「なるほど。マーシア及びウェストリー王国の領土は分割ということか。よかろう。我らは北を。」


「では、私どもは南を。攻めましょう。」


 蝋燭のささやかな光が照らす薄暗い部屋の中でヨークシャーとアルビオンは秘密裏に同盟を組んだ。


 そして後日。エリン王国からは同盟への参加を記した使者がアルビオンに上陸し、ヨークシャー王国、アルビオン王国、エリン王国の三国は対アルトス包囲網を築き上げていた。


 だが同時に、ウェストリーへ帰還を果たしたエクトルからウェストリー王国とエルニア王国との同盟が正式に決まり、互いが互いにその裏をかくように動き始めていた。


 乱れゆく戦乱の中でヨークシャー王国とアルビオン王国はアルトス率いるウェストリー王国と睨み合い、エリン王国はエルニア王国と睨み合った。

 そして、それを高めの見物をするように北方にある国、ストラスクライド王国があった。

 迫る戦乱に身を任せ、誰が次の王に相応しいのかを競い合う中で人々はただ切実に平和を望んだ。

 荒れ狂う世を治める偉大なる統治者を願い人々は祈りを捧げる。

 その光景に王たちは叫ぶ。自分こそ正当な王位継承者だと––––––––。



「でもいいのですか? ヨークシャー王国とあのような同盟を築いてしまって……。」


 下っ端な外交官は同盟締結後のオーレンに訊ねるように問う。


「いいですか、外交とは目の前の食料を同じ者同士で分けることも奪い合うことでもありません。目の前の食料を餌に互いに争わせ勝手に倒れたところを総取りしていくことこそが外交なのです。

 故に、使えるものは使いなさい。敵が何だろうと足元を見てやればいいのです。」


 オーレンの言葉に下っ端の外交官は一瞬、ゾクッとする。

 だがオーレンはそのことを気にすることなくそのまま廊下を突き進む。


 オーレンの頭の中にはすでに全アルビオンを支配するアルビオン王国の姿があった。

 かつての人類の悲願であり、オーレンが子供の頃から抱いた統一という夢。

 その夢を叶えるべく、オーレンは歩みを止めずに進み続けた。


◇・◇・◇


「わかったわ、アルトス。」


 アルトスからの伝書鳩の内容を見て、一人呟くマーリンは即座に近くのメイドに宴会の準備をするように命令を下す。


「マーシアは降った。あとはウェールズを手に入れてウェストリー王国の国力を増加させること。」


 呟くように一人、ベランダで夜風に吹かれながら考え事するマーリンにエクトルはワインボトルを片手に近づく。


「本当に成し遂げられると思うか? 統一という夢が。」


「あなたは信じないの?」


 そう告げるマーリンにエクトルはワインボトルを奪われ、持ってきたグラスにワインが注がれる。


「信じる信じないではない。現実的に考えてどうなのかを聞いているのだが……。」


「私はできると思うわ。アルトスにならね。彼は特別なのよ。誰も成し遂げられるなんて思わないことをやってのける。今回だってそうでしょ? 国力が何倍もあるマーシアを下し、凱旋してくるのは時間の問題。」


「そうだな。あいつならできそうだ。」


 軽く返事をするエクトルにマーリンは乾杯をすると互いにワインを飲み込んだ。

 数秒の沈黙ののちマーリンは催促するようにエクトルへ告げる。



「だから、あなたも早く覚悟を決めておいた方がいいと思うけどね。

 アルトスはこのままだと数年と経たずに真実へ辿り着く。

 その時になっても私は助けないから。これはあなたの運命なのよ。エクトル。」


「ああ、わかっている。」


 応えるエクトルにマーリンは微笑むとバンと背中を叩く。


「やっぱりあなたは考えるのが苦手ね。」


 若干、痛がるエクトルにマーリンは笑うとそのまま二人して昔話を語り合った。



 そして翌日。

 未だ酒が抜けない二人の元にヨークシャー王国、アルビオン王国、エリン王国の対ウェストリー王国包囲網の三国同盟が結成された情報が入るとホーリー城に激震が走った。

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