#041 『 講和 』
若干の曇り空の中、マーシアの現女王たる私は護衛騎士とメイドの計二名を連れてシュルーズ西門から大体二キロぐらいの距離にある、ウェストリー王国遠征軍の本拠地へ講和のために赴いた。
ウェストリー王国の本拠地は小さな砦のように作られていた。
四方に一メートルほどの堀に盛土があり、堀の盛土の間にはトゲトゲとした小枝が無数に外側へ向けられていた。その後ろを城壁のような木でできた壁がさらに囲み、等間隔かつ四方に櫓が設けられていた。その櫓には常に二、三人の兵いるのだろうか、交代制で周囲を監視ししていた。
最初に見た時は度肝を抜かれたが逆にこれほどまでのことを敵の領土内で行える度胸と知恵、そして指揮力の高さにマーシアの女王は感心した。
そして現在。
二度目の来訪である私と近衛隊隊長、メイドには予めくることが伝えられていた櫓の兵から短く「入れ。」と告げられる。
「入れ。」という言葉と同時に門はその跳ね橋をゆっくりと下げる。
そして、一分ほど立つとガコンという物々しい音を発しながら門は開き終わる。
門の向こう側には左右に赤色の布地に金の刺繍で統一した鎧を見に纏い、剣を胸の前で握る兵達が整然と佇んでいた。
また、左右の隊列には等間隔でウェストルリー王国の旗を掲げる兵がおり、ウェストリー王国軍の士気、統率力が高いことが窺えた。
門をくぐり抜け、左右を兵で囲まれながらゆっくりとした歩速で馬を歩かせる。
カパカパと馬独特の足音が鳴る中、左右の兵達はまるで人形のように微動だにせず、誰一人として声をあげることはなかった。
また、砦の中には兵達が休むためのテントの他に武器を手入れするための鍛冶テント、食料庫と思わしき倉庫。馬の厩舎すらもあった。
そうした中で一際大きく、広い場所を取っていたのはこれから向かうウェストリー王国国王の天幕だった。
ウェストリー王国国王の天幕はまるで一つの建物の如く広く、兵達が休むためのテントと比べたら十倍から二十倍近くの差があった。
そのような大きな天幕の出入り口の左右には他の兵とは明らかに異なる鎧を身に纏った重装備の騎士が剣を地面に突き刺して佇んでいた。
その二人の騎士の中をするりと抜け、天幕内へと入るとその場にはすでに今回の戦争において活躍したであろう重要な人物たちが講和のための会談に参加すべく、席に座り待っていた。
その様子を見て一瞬マーシアの女王はゴクッと固唾を飲み込むとこれからの自分の処遇について考え始めた。
だが、なるようになるしかないと覚悟を決めるとテーブルの片側にあった空席に近衛隊の隊長とともに座る。
メイドの女性はあくまでもお手伝いとしての参加のために天幕内に入ることは可能だが交渉のテーブルには着けることなどできないために後方に下がられていた。
「では、全員揃ったから始めようか。此度のマーシアとの講和会談を。」
そう告げるアルトスの顔には私はどこか恐怖を感じた。
◇・◇・◇
交渉の席に着く女性を見て俺は内心驚く。
まさか、以前膝を屈した女性がマーシアの王として戻ってくるなど想像もしていなかったからだ。
とはいえ、ここは交渉の場。国益を考えて話し合う場である。
故に、些細な動作や表情には細心の注意が必要だ。
仮に知らないことがあってもを馬鹿正直にそのことを告げることはできない。
何せ、もし告げようものなら足元を見られ国益を損なうからだ。
また、それ以外にも配下の者にも呆れられてしまう。
王という立場上、何をやっても許されると勘違いされやすいが実際には多くの制約が付き纏う。
だからこそ、俺は目の前に座る女性が王として戻ってきた事には一切触れる事なく淡々とした表情で告げると同時に今回の勝利を背景とした軍事的な威圧を向ける。
「では、初めにマーシアの意見を聞いてみよう。」
「改めまして、マーシアの現女王。アンリエッタ・ベリーと申します。」
頭を軽く下げるエンリエッタに俺や配下も軽く返すと話を続けた。
「マーシアとしましては、ウェールズ地方における統治権の放棄を考えています。」
「それ以外は考えてはいないのか。」
俺の左隣にいるベイロンが話し終えたアンリエッタに刺すように告げる。
「はい。此度の戦、私どもマーシアは確かに敗北しました。しかし、それはどれも局地戦でしかありません。決して決戦を行い、負けたわけではありません。
そもそも今回の講和はヨークシャーやアルビオンといった大国の介入による降伏です。」
「つまり、自分たちはまだ戦えるが二つの大国に背を刺されながら目の前の小国を相手にできないということか?」
アンリエッタの言葉を返すように俺が告げると彼女は「はい。」と短くだけ応えた。
アンリエッタの返答にベイロン含め、リオンやパールはざわめき出す。
しかし、それを俺が制止させるとそのまま続けてアンリエッタに問いかける。
「なるほど、確かにその考えでは一理ある。だが、マーシアの女王よ。一つ忘れてはおるまいか?」
頭の中にはてなが浮かぶアンリエッタに俺は嫌味ったらしく続けて告げる。
「ここにくるまで何を見てきた? マーシアの女王よ。」
ヒントを出すように告げる俺に一瞬目を見開き、俺が何を言いたいのかを悟るとアンリエッタは下唇を噛み締める。
そこ様子を見て俺は内心、相手に自分の意図することが伝わったことを知る。
マーシアの女王ことアンリエッタ・ベリーには予め、門を潜らせ入城させる際にある刷り込みを行っていた。
それは無言で佇む無数の兵達だった。
表向きでは高貴な人を歓迎する様式にも見て取れるが裏を返せば、統率の取れた指揮の高い軍を見せる事になる。
また、見せる際に無言で立たせたのにも理由があった。
それは、無言の沈黙から来る不気味さと冷酷さを演出するためだった。
つまり、今。目の前のマーシアの女王の脳内には、無数の統率の取れた無感情の兵が無慈悲かつ冷酷に民を虐殺する様を想定している。
俺が先程の言葉で言いたかったことはまさに“調子に乗るなよ”ということだった。
力を見せ、相手を威嚇するだけではない。
むしろ、いつでもできる、やれるという状態こそが相手を抑止できる最も効果的なものだった。
実際に前世の国々のうち先進国は皆、核という兵器を持ちつつも使わないことで互いを牽制しあっていた。
そうした絶妙な緊張感こそが結果的に全面核戦争を防いでいた。
だから、俺はマーシアの女王にも同じことをしていた。
容易に相手を破壊する力を見せた上でやらない、しないと軽く告げる。
そうすれば相手はその言葉を信じるかどうかに関わらず動くことはできなくなる。
下手に動けば終わる。だが、動かなければ何もできない。
唯一残される道は、相手のいいなりになり許された行動のみを行うことだけ。
それをわかった上でまるで選択肢のない選択を俺はマーシアの女王にさせる。
人とは目先の物事には大いに動く生き物だ。
目の前に欲しいものがぶら下がっていたとしたら人は喜んでそれを得ようとする。それこそ、足元にある落とし穴に気がつく事なく––––––––。
また、それが目の前の脅威であったとしても同じことだ。
目の前の脅威には全力で逃げるが逃げた先が安全かどうかなんて人は考えない。
故に俺は目の前の脅威を見せることで退路を塞ぎ、コマになる選択肢を選ぶように誘導する。
どれも、水面下で決して言葉に言ってはいないがマーシアの女王はたとえそれが分かったとしてもそれ以外の道を歩むことができない。
何せ、歩んだ瞬間に終わりが訪れるのだから。
だからこそ、目の前のマーシアの女王はささやかな抵抗として下唇を噛み締めた。
自分がどちらを取るか明確に発言しないのであればどちらの行動も俺は取れないことを知っているからだ。
しかし、それは逆効果だというように俺は再度口を開くと思い出したようにベイロンに訊ねた。
「ヨークシャーとアルビオンは今現在どこらへんにいるかわかるか、ベイロン。」
「さて、わかりかねますが、恐らくこちらに向かっていると思われます。」
ベイロンの言葉を聞いてアンリエッタは、苦虫を潰した表情をする。
その様子を見て俺は優しい笑みを浮かべるとアンリエッタに催促するように問う。
「どうしましたかな? マーシアの女王、アンリエッタ女王よ。」
白々しく告げる言葉にアンリエッタは怒りに震え出すと小さな声で告げた。
「では、王位の継承もしましょう。––––––––王冠を返還いたします。」
一人、俯きながら告げるアンリエッタに隣と後ろにいた近衛隊の隊長とメイドはあたふたしだす。
その様子に俺は、予め記入させていた降伏文書を手に取るとそのままアンリエッタの手元に置くと羽ペンを用意させて、いつでも調印できるようにする。
そして、そのまま俺はアンリエッタに告げる。
「では、調印をお願いいたします。」
その言葉に目の前のアンリエッタは一瞬こちらを睨むように顔を向けるが即座に視線を逸らすと手渡された降伏文書に調印した。
結果、マーシアは講和会談でほとんど話すことなく一方的に条件を決められ調印を余儀なくされた。
◇・◇・◇
その夜。
シュルーズの居城でアンリエッタは暴れていた。
「この!! この!!」
叫び暴れるアンリエッタにメイドはどうすることもできずにただ嵐を過ぎ去るのを待つように部屋の隅で静かに過ごした。
「どうなさったのです? 帰って早々から不機嫌になられて。」
鈍感だからか近衛隊の隊長はアンリエッタに暴れる理由を訊ねる。
「どうもこうもないわよッ!! あいつ!! 全てを知っててわざと!!!
あああ〜、腹がたつわ!! アルトスめ!!!」
「アルトス王が何かあるのですか?」
「ええ、そうよ。アルトス王は全てを知っていた。
いや、多分だけど全てを仕組んでいたのよ、恐らく。」
「知っていた? つまり、我々が兄上を叛逆することも?」
「ええ、そうよ。多分、それを知っていたからこそ、彼は軍を率いて早急にこの都市を囲い込んだ。
未だ、兵達を早急に揃えられない私たちの弱点をついて、兵が集まる前に都市を囲み、指揮系統を切断。籠城させて、食料と水を飢えさせる。そうすれば誰もが正常な判断はできなくなり、叛逆を煽り、エドワードにストレスを貯めさせた。
仮に、エドワードが出てこれば万々歳。例えそうでなくても、内側から崩れるのは時間の問題というふうにしたのよ。
その上で、例の兵を見せて威嚇し、いつでも殺せることを示唆した。
また、ヨークシャーとアルビオンの両国が迫っていることを再認識させた上で時間を奪い、焦らせる。
そして、全てをまるで運命のように言い張り、自分は何もしなかったと平気で告げる。
全く持って食えないわ。アルトスという男は。」
暴れて疲れたアンリエッタはポンと自分のベットに腰を下ろすといつもの癖である爪を噛む。
でも、それがあの男の力でもある。
ここまで一方的にさせられたのは癪だけど、彼を取り込めさえすればアルビオンは統一できる。
兵を見るに統率力はあるし、将軍も見るからに実力者ばかり。
少し、不安があるとすれば、彼の右隣にいたオリヴィア妃殿下のこと。
見た目的には負けてないかもしれないけど、明らかに向こうのほうが権威は上。
であれば、どうやって彼女を廃して自分が彼女の座に居座ることができるのかを考えないと……。
「だとしても!! あああ〜〜〜〜!!!! 腹が立つ〜〜〜!!!!!!!
いつか見てないさい!! アルトス、必ずあんたに目にモノ見せてやるんだから!!!!」
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