#040 『 講和に向けて 』
シュルーズの居城。その謁見の間で一人、王冠を被る男が静かに告げる。
「これはどういうことだ。」
目の前には、近衛隊が男に向かって剣を向け、退位するように要求されていた。
加えて、近衛隊に守られるように男の妹が一歩前に出ると口を開く。
「どうもこうもありませんわ、兄上。これは叛逆です。
もはや、シュルーズの民を兄上に任せることなどできません。
民は飢えと渇き、そして壁の向こうにいる敵と命を削って戦っているというのに、兄上はそれらの問題を解決する方法を提示することすらしない。
故に、民に変わって私が兄上に告げさせていただきます。
ベリー公爵家の当主、エドワード・デリー。あなたに退位を要求します!」
整然たる姿勢で女性は兄のエドワードに告げる。
女性の言葉に周囲の近衛隊も反応するように剣を構え、いつでもエドワードの首を飛ばせる位置に立つ。
その光景をエドワードは笑みを浮かべ、不気味に笑う。
周囲にはあらかじめ人を排除しているために謁見の間にはエドワードとその妹の姫、そして近衛隊だけだった。
故に、この状態でエドワードが笑えること自体おかしなことだったのだが、エドワードはお腹を支えて高笑いする。
「ハハハハハ!!! 面白い、この俺の最後がお前に追い詰められた最後だったとはな!! 籠の中の人形風情が!!!」
一人叫ぶ姿に一瞬近衛隊がどよめくと、エドワードは腰にあった愛剣を素早く抜き、妹に襲いかかる。
だが、それをさせまいと近衛隊の隊長が姫の前に割って入り、エドワードの剣を真正面から受ける。
刹那、衝撃音が謁見の間に響き渡り、戦闘が始まる。
互いに一歩距離をとり、二人は相対した。
その様子をエドワードの妹は見届け、加勢しようとする残りの近衛隊を制止させた。
「これは二人の勝負です。手を出してはなりません。」
そう告げる姫はどこか不安があり、体は小刻みに震えていた。
先ほどのエドワードの剣戟はまさに姫を狙ったもの––––––––その事実が姫の体に恐怖を刻み込んだ。
姫も剣を齧っているためにある程度の実力の相手であれば薙ぎ払うことができる。しかし、それを差し引いてもエドワードの剣戟を防ぐことはできなかった。
そもそもエドワードが真面目に自身の剣の腕を見せたのは今回が初めてだった。
故にこの勝負がどうなるのかはわからない。
だが、ここで勝たねばこの国を救うことはできないという現状を姫と近衛隊隊長は理解していた。
そんな中、エドワードは剣を構えるとそのまま近衛隊隊長めがけて突進する。
それを待ち受けるように構える体調にエドワードはニヤニヤと笑みを浮かべる。刹那、エドワードは着地と同時に振り被さった右薙の剣が近衛隊の隊長を襲う。
だが、それを見抜いた隊長は即座にスウェーバックし躱すことに成功するが、スウェーバックした首元を分厚い刃が鈍色に輝きながら通り過ぎていく。
その間、ごく数秒のことであるにも関わらず、まるで無限のように感じた隊長は一気に後方へ飛びエドワードとの距離を見計らう。
予想しないエドワードの剣技に隊長は冷や汗をかく。
そして、乾いた唾をゴクっと飲み込むと意を決して、エドワードに立ち向かう。
しかし、渾身の一撃をするりと躱されたエドワードは青筋を立てながら剣を握り、迫る隊長に向けて再び剣を振りかざす。
二撃、三撃と互いが互いの剣をぶつけるものの未だ膠着状態の二人は熱が入り込む。
エドワードの唐竹を華麗なステップで躱し、その隙をついて首筋を狙った刺突を叩き込む。
刹那、迫る隊長の剣をエドワードは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると振りかざした剣を強引に寄せ、隊長の剣を薙ぎ払う。
薙ぎ払われた剣に釣られて体勢を崩した隊長は奥歯を噛み締めると、一歩後退し体制を立て直す。
その数秒を逃すことなくエドワードは一際鋭い殺意で剣を逆袈裟で斬りつける。
こそへ隊長は勝機を見出し、体勢を整えると渾身の力を振り絞り、左方向に体を捻る。
そして、剣を背負うような形でエドワードの剣をジリジリと金属が擦り合う音が鳴り響き火花が散る中、受け流すとそのままの勢いで返す刃の如く、左薙で応戦しエドワードの首筋を再び狙う。
ここにきて初めてエドワードは焦りを見せ、剣を再び強引にも首あたりに戻し、隊長の剣を防ぐことには成功するが力が抜けた一瞬を狙われ、剣をパンと後方へと飛ばされる。
同時に剣を飛ばされた衝撃で痛めたエドワードの左手首めがけて隊長は剣を振り下ろすとそのまま左手を切り落としてみせる。
後方へ飛ばした剣が謁見の間の床にパリンと音を立てながら落ちるとエドワードは切り落とされた左手を見て、叫び出す。
「うううああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
左手首を抑えながらその場に蹲るエドワードを見て、隊長含めた姫側の人間は戦いの終焉を悟る。
人を使うことしかしてこなかったエドワードという男が今まさに剣を奪われ、力を奪われた惨めな姿を見て妹の女性は冷たく告げる。
「もう、終わりです。エドワード・ベリー公爵。いや、王位の簒奪者エドワード・ベリー。」
「ふ、ふざけるな!! 俺こそ、王に相応しい!! このクズどもめ!!!」
一人虚しく叫ぶエドワードに近衛隊の者たちは哀れな視線を向ける。
だが、その目線に余計に苛立ったエドワードは荒ぶった獣のように暴れだす。
しかし、すでに手負を負わせられたエドワードにどうすることもできず、ただひたすらに左手首から血を垂れ流し続けた。
止まらぬ左手首からの鈍痛を必死に抑え込みながら叫ぶエドワードに再び妹が告げる。
「簒奪者エドワード。お前を捕縛し、ウェストリー王国へ引き渡す。
皆の者、この者を捉えよ!!」
「このクズどもが、俺は誰にも囚われたりはしない。俺は王だ!!!
薄汚い平民とは違うんだ!! 俺は優秀なんだ!!」
一人持論を述べるエドワードに、姫の命令を受けた近衛隊は一気に襲いかかり、手を拘束しそのままの勢いで城の地下にある牢に閉じ込めた。
「ついに終わりましたね。」
呟く隊長に姫はエドワードより剥ぎ取った王冠を両手に持ちながら応えた。
「いえ、これから始まるのです。」
◇・◇・◇
そして夕刻。
シュルーズは降伏し、俺の天幕には一人の美しいドレス姿の女性とメイド姿の女性、一際目立つ鎧を身に纏った男の計三名が訪れていた。
そして、女性は簡易玉座に座る俺を見て早々に膝を着くと開口一番に降伏受け入れを口にした。
それを聞いて、俺は一瞬何がどうなっているのかを考えた。
何せ、今まで幾度となく送った降伏文書には一切の返事はなく、ましてやこちらを逆に煽るような動きさえ見せていた敵がつい先日、まるで変わったかのように大人しくなっていた。
そして、それに続くように降伏の意を示すとシュルーズの門を開き、美しい女性とメイド、鎧の男だけが馬に跨って外へ出たのだった。
現在俺の前に膝をつく三人に俺は深く深呼吸すると意を決して面を上げさせ、降伏の内容を確認する。
この時代の戦争は何も前世における無条件降伏が当たり前ではない。
むしろ、停戦的な考え方が大きい。
つまり、あくまでも今回はこれで手打ちにしますよ、という感じで戦争後の講和は進むのだ。故に、俺は今回敵側の降伏の意味を確認せざるを得なかった。
「降伏を受けいれることはつまり我々の条件を全て受け入れるということだろうか?」
「はい。」
即座に短く応えるドレス姿の女性に俺は頭を抱えた。
こうまで即決でくると敵は何かを考えていることが多い。
恐らく、北方のヨークと南方のアルビオンを警戒しての即決なのだろうが、いまいち状況が掴めない。
そう内心で思いながら俺は頭をフル回転させ、マーシアに突き付ける条件のうち他の将軍たちともあらかじめ話し合わせた条件の詳細を口にした。
「了承した。では条件を告げる。
まず、此度の戦争における被害の補償及びその賠償。
マーシアが保有しているウェールズ地方の統治権の放棄。
そして、マーシア王位の継承を私、アルトスにすること。
以上の三つを受け入れれば降伏を受け入れる。」
「一つ、確認してもよろしいでしょうか。」
「なんだ?」
「マーシア王位の継承をアルトス王にするということはどういうことでしょうか?
アルトス王は、マーシアを併合なさるつもりでしょうか?」
不安げに告げる女性に俺ははっきりとした態度で告げる。
「いや、併合はしない。それとはっきりと言おう。マーシアはこの度の戦いを生き残れはしない。北からはヨーク軍が南からはアルビオン軍が来ているという話を聞いた。
つまり、遅かれ早かれお前たちマーシアは滅ぼされるのだ。
だが、それでは真なる統治は叶わない。故に、俺はマーシアの王冠を頂きマーシアの正当なる統治者として君臨する。」
一見矛盾しそうな言葉に俺はなおも話を続ける。
「そもそも我々は戦争など欲してはいない。元より、マーシアが攻めてこなければ此度の戦争は引き起こされず、死んだはずの人間は死なずに済んだのだ。
だが、それを食料欲しさに攻めてきたマーシアに対し我々は正義の鉄槌を下しただけにすぎない。」
理路整然と告げる俺は自分の話している内容と起こした行動の差に矛盾があることを感じつつもそれを悟らせることなく相手の女性に告げる。
「そして、それは王位の継承においても言える。
元より、我がウェストリー王国にはオリヴィア妃がいる。正当なる王位の継承者だ。
なのにも関わらず、王を自称し民を率いた其方たちは、正当なる王位の継承者を認めようとせず、その玉座を簒奪しようとした。
故に、私は奪われた王位を再び取り戻し、正当なる王位継承者たるオリヴィア妃に捧げるべく、マーシアの王位を求めている。わかったか?」
高圧的に告げる俺に女性は「はい」と応える。
そして、話し終えた俺は天幕内にある羊皮紙とペンを取ると講和の条件を記していき、目の前の女性に告げる。
「これを現マーシアの王に渡し調印させる。明日の午後丁度にこの天幕に連れてこい。その時に正式に降伏を受け入れることとする。」
◇・◇・◇
シュルーズまでの帰りという短い距離の中で新たにマーシアの女王になった女性と近衛隊の隊長は話す。
「再度、アルトス王の所へいく事になりましたね。女王よ。」
「ええ、そうね。でも、彼の目を見て確信したわ。彼はこのマーシアに留まらずヨークやアルビオンを攻め滅し、アルビオンを統一するかもしれない。
それほどまでに彼の目の奥底は燃えていた。まるで竜の吐く炎のように。」
「それは、なんとも言い難いですな。」
「そうかもしれない。でも、今は彼に頼るしかない。いち早く人類をまとめ上げる必要があるのよ。なんせ、いつまでも他種族が攻めてきてもおかしくないのだから。」
そう告げる女性は内心で思う。
早く、急がねば、手遅れになる前に––––––––。
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