26
時間になったところで隊長のギルガムから挨拶があり、会が正式に始まる。綺麗に整備された庭に出て、立食形式の懇親会だ。
「ヘルマンさん、ルーテシアさん」
庭に出るとすぐにガリオとエクレールが揃って二人のところへやってきた。エクレールはほぼ白に近い淡いブルーのドレスを着ている。
「こんにちは。お会いできて嬉しいです」
「こちらこそ。今日は天気が良くてよかったですね」
側に寄ってきたエクレールとルーテシアは挨拶を交わす。エクレールはドレスを着ると前回の公開訓練で会った時よりも美しく、華やかだ。明るい赤色の髪色が羨ましいとルーテシアは密かに思う。
「見ましたかヘルマンさん。アルセフ小隊長の奥様」
女性二人の横でガリオがひそひそとヘルマンに話しかける。
「俺達が挨拶した時にはいなかったな」
「それは残念でしたね。お子さんも来ているので、そっちに行っていたのかも。それはそうと、後で改めて挨拶に行ったほうがいいです。面白いアルセフ小隊長が見れますよ」
「面白い?」
「あのアルセフ小隊長がたじたじなんですよ。噂通り、家では奥さんに逆らえないみたいですね」
小隊長のアルセフを見ると、隣には若草色の髪の毛の女性が微笑んでいた。時折気遣いを見せるアルセフの様子から、仲睦まじい様子が伺える。
「僕達が挨拶に行った時なんて、口数の少ないアルセフ小隊長に『もっと喋りなさい』って頭を叩いたりしてたんですよ。あのアルセフ小隊長に、ですよ?」
ガリオは興奮気味にまくしたてた。どうやら普段の様子からは想像もできない光景だったらしい。
「いやぁ、本当に意外でした」
「普段は怖い方なの?」
「特に僕みたいな新人にはね。ヘルマンさんにはそんなことないですよね」
「そうだな」
ルーテシアは会話に混ざらずに一歩引いたところから聞いている。話の内容よりも、いつも聞くことができないヘルマンの気さくな口調が気になった。
(男の人の前では『俺』なんて言ったりするのね……)
ヘルマンはルーテシアの前では『私』というし、口調も柔らかい。しかしガリオに対してだと、ルーテシアよりも雑で男らしい口調になっていた。
ガリオとエクレールの様子にも目を奪われる。二人は口調も会話の様子も壁がなく、本当に仲がいいのだとわかった。
(それに比べて私達は……)
ルーテシアも未だにヘルマンに砕けた口調で喋ることはできないし、ヘルマンの方も壁を感じる。自分達は恋愛結婚ではないのだということを突きつけられるようで、気持ちが萎んだ。
話している途中にヘルマン達の同僚だという騎士達が次々と挨拶に来る。ルーテシアとエクレールはその度に挨拶をしていく。
「ごめんね、エクレール。君が会に参加するのは今回が初めてだから、みんな気になるみたいで」
「大丈夫よ」
人が途切れた時に、ガリオは申し訳なさそうな顔でエクレールに謝りを入れる。
「それに、ルーテシアさんのことも相当気になっているようですから」
「私、ですか?」
話が向けられて、ルーテシアは久しぶりに会話に参加した。
「アルセフ小隊長と同じで、いつものヘルマンさんを見ている者からしたら、どんな奥様と結婚したのか気になるんですよ」
「なるほど……」
“笑わない騎士”の妻ともなれば、気になる気持ちはルーテシアにもわかる。隣に立っているヘルマンはルーテシアを覗く。
「疲れていませんか?」
「ええ……大丈夫です」
ヘルマンに使われる敬語に物悲しさを感じながら、ルーテシアは気丈に笑顔を作った。
会は進み、男性と女性に別れての交流が始まる。男性は女性をサロンのある室内まで送り届けると、庭へと再び出ていく。大きな窓からその様子が見えるので、ルーテシアはヘルマンの去っていく背中を見つめて思わず小さく息を吐き出した。
「お疲れですか?」
それに気がついてエクレールが声をかける。
「いえ……すみません、ちょっと」
ルーテシアは笑顔を見せるが、それも疲れが見えるものだった。ヘルマンと一緒にいて、自分達の距離感が遠いことを実感させられ続け、気持ちが疲れてしまっている。
「エクレールさん達はいいですね、仲が良さそうで」
だからついそう本音が漏れてしまう。
「ルーテシアさん達だって」
「私達は恋愛結婚ではありませんから」
ルーテシアは悲しそうに顔を歪める。
「うらやましいです、エクレールさんが」
「ルーテシアさん……」
隠すことなく辛い表情をするので、エクレールの表情も合わせて曇った。
「すみません、こんなことを」
それに気がついてルーテシアはわざと明るい声を出して笑ってみる。だがその笑顔はただ痛々しいだけだ。
「ガリオからヘルマン様は結婚して変わったとよく聞いています。ルーテシアさんが気に病むことはありませんよ」
エクレールは思わずルーテシアの手を取って励ます。
「ヘルマン様は不器用な方なので、ガリオも大変心配しておりました。ですが、ルーテシアさんのことを大切にしているようだと」
「大切に……。確かにそうかもしれません。でも……」
ルーテシアに本や髪飾りをプレゼントしてくれたり、料理を教えてくれたりもする。妻として大事にされているとは思う。
しかしルーテシアはヘルマンの本心が一番知りたかった。大切にする理由は妻だからなのか、それともルーテシアからなのか。ヘルマンの様子からまったくわからないので、ただただ不安が募っていた。
「すみません、こんな話。恥ずかしいのでガリオさんには内緒にしてくださいね」
そう言ってこの話を終わりにしようとする。不安を口にすると、それに押しつぶされてしまいそうだった。
「それよりエクレールさんの話を聞かせてください。ガリオ様からよくプレゼントを贈られていると聞きましたよ」
「ええ……はい、そうなんです」
これ以上自分の話をしたがっていないとわかり、エクレールはその話題に乗る。ルーテシアのことを気遣いながらも、ガリオの話になると自然と笑みが浮かんできた。
(眩しいわ)
ルーテシアは微笑ましく聞きながらそう思う。
(私も普通にヘルマンさまと出会いたかった。好きだと伝えてから結婚がしたかったわ……)
涙が浮かびそうになって、外に目を向ける。意識を変えて笑顔を作り続けていたかった。
外には騎士服姿の男性がたくさんいる。その中でもルーテシアはすぐにヘルマンの姿を見つけることができた。ヘルマンは隊長のギルガム、小隊長のアルセフ、ガリオと4人で話している。
(え……!?)
ルーテシアはヘルマンの表情を見て雷に打たれたかのような衝撃を受けた。ヘルマンの顔にはルーテシアが見たこともない表情が浮かんでいる。口の端が僅かに上がり──
笑っていた。
(“笑わない騎士”だなんて嘘じゃない。ちゃんと……笑っているわ)
ずっと見たかったはずの笑顔を見て、ルーテシアの心はトドメの一撃を刺されたようだ。表情を凍りつかせ「すみません」と、断りを入れて一時退席する。
化粧室で一人になって、ルーテシアは嗚咽を殺して涙を流す。辛くて、身が切れるような思いがした。
(あの笑顔が私に向けられたものならよかったのに……)
ルーテシアは自分で自分の身を抱きしめながら、そんなことを思っていた。
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