21
「うまくいかないもんだな」
それから数日後の図書館が閉館する間際のこと。オベロスタはカウンターに片手をついて頬杖をつきながらぼやいている。
オベロスタは少し前まで食事に誘い続けていた王宮の厨房で働く女性をようやく諦め、今は頻繁に図書館にやってくる王宮薬師の女性にアタックを始めていた。しかしルーテシアから見ても恋愛より仕事の方に興味がありそうなその女性は、オベロスタの誘いをすげなく断り続けている。
「お食事の誘いよりも先に、薬草の勉強をしていいところを見せてみたらいかがですか?」
「いやー読んではいるんだよ? でも、どうも眠たくなってなぁ」
オベロスタはルーテシアほどいろいろな本を読むわけではない。専門書に関しても広く浅い知識はあっても、深いところには興味を持てないらしかった。
「ああいう女性は仕事ができる男性が好きなはずですよ」
「まさかルーテシアにアドバイスされる日が来ようとはなぁ」
じとっとした目で見られて、ルーテシアは少し恥ずかしそうにぷいっと視線を逸らす。
「前からいろいろアドバイスしてるじゃないですか。オベロスタさんが聞く耳を持っていないだけです」
「ちゃんと聞いてるだろ。それを実行に移すかどうかは別として」
「オベロスタさんって人のことには口出ししてくるくせに、自分のことになると変に頑固ですよね!」
「まあな」
ルーテシアが嫌味を言っても、オベロスタはニヤニヤと笑って動じる様子はない。
「それにしても、ルーテシアが旦那さまといい感じなの、面白く見てたけど今は辛いな……」
自分の恋愛が上手くいかないので、オベロスタはそんな風にぼやく。
「いい感じ、なんでしょうかね……」
「お、何かあった?」
ルーテシアが表情を曇らせたのを見て、オベロスタが顔を輝かせる。
「もう! 自分が上手くいってないからって、私の不幸を喜ぶのはやめてください!」
「はいはい。で、どうした?」
まったく聞いていないオベロスタがルーテシアに先を促す。
「前よりは仲良くはなれてると思うんです。でも何だか子供扱いされているような気がして」
膝の上に乗せられて抱きしめられた時も、帽子をプレゼントした後に頭を撫でられた時も、後から思い返してみれば子供のようにあやされただけなのではないかとルーテシアは思っていた。もしルーテシアのことを妻というよりは、妹のように思われていたら、それは嫌だ。
「何だ、そんなことかよ」
ルーテシアが深刻に悩みを告げたにも関わらず、オベロスタはがっかりした様子だった。
「何だってなんですか! もう! 人が真剣に悩んでいるのに!」
ルーテシアはすぐに怒って、閉館作業に向けてカウンターを離れて去っていく。オベロスタは苦笑いを浮かべて、そんなルーテシアを見送る。
「子供扱いって、俺にはただ仲がいいだけに見えるけどね。そんなもんだろ、夫婦って」
そう呟いた言葉はルーテシアには届かない。
「ルーテシアは恋愛経験ないし、あの旦那さまもそういうところフォローできる感じじゃないもんな。さぁ、どうなるかねぇ」
オベロスタはニヤニヤとしながら、ルーテシアにアドバイスはせずに見守ろうと思う。その方が面白いと思ったからだ。
その日の夜。ルーテシアはリビングで、王立図書館で借りてきた『ドレス作りの基本』を読み込んでいた。
「妻として見てもらうためには、まずは外見から大人っぽくならないと。って思ったけれど……」
ルーテシアは苦い顔をする。この本を借りてきたのは、王族が着るようなドレスを知れば身なりを大人っぽくするヒントがみつかるのではないかと考えたからだ。
「ダメだわ……全然イメージがわかない!」
この本は『基本』と歌ってはいても、王宮の衣装部が借りていくような本格的な本。絵はドレスを縫うためにパーツ毎に別れて描かれているので、完成したドレスのイメージもつきにくく、ルーテシアは終始頭を捻っている。
ヘルマンに妹か子供のように思われているのだとしたらそのイメージを払拭したいと思ったのだが、どうしたら大人っぽくなれるのかがルーテシアにはわからなかった。元々ルーテシアの顔は愛らしく、年齢より幼く見られることが多い。
これまで服やアクセサリーには興味がなかったので、姉のソフィーユのお下がりばかりを着ていた。ソフィーユもルーテシア程ではないものの童顔で、大人っぽいというよりは可愛らしい服の方が多い。
「こういうのがいいのかしら?」
ルーテシアは本に載っていたマーメイドドレスに目をつける。ふわりと広がったスカートよりは、こういうタイトな洋服の方が大人っぽく見えるのでは、と考えた。
「いや、ダメだわ……」
しかし自分がマーメイドドレスを着た姿を想像してがっくりと項垂れる。ルーテシアはスタイルがいいわけではないので、身体のラインがわかってしまうものは似合わないと思った。
「これじゃあ子供扱いされても当然ね」
肩を落として息を吐く。
「落ち着いた色の洋服を着たらいいのかもしれないけれど、髪色がこんなだから、地味になっちゃうし……」
ルーテシアは生まれて初めてこの容姿であることを悲しんだ。
「だったらせめて、言動だけでも大人にならないと」
見た目をどうにかすることは諦めて、今度は内面の方を考える。きっと大人の女性は自分から抱きついたりはしないだろう。だからもう自分から甘えるのはやめよう。
そう思うが、同時にものすごく寂しい気持ちにも襲われた。
「ルーテシア?」
「! ヘルマン様!」
ぎーっと扉が開いてヘルマンが顔を覗かせる。ようやく仕事が落ち着いたヘルマンは、最近帰宅が早くなっていた。
「明かりが点いていたので。本を読んでいたのですか?」
「え、ええ」
ルーテシアは慌てて本を閉じるが、ヘルマンはしっかりとその表紙を確認する。
「『ドレス作りの基本』……作るのですか?」
「い、いえ。読んでいただけです」
へへへ、と笑って、ルーテシアは本のタイトルが見えないように裏返した。
「今日会えてよかったです。ちょうどルーテシアに話があって」
「話、ですか?」
「ええ。休みが取れそうなので」
「! 本当ですか!?」
ルーテシアは飛び上がりそうな勢いで喜ぶ。だが、すぐに先程の誓いを思い出して、咳払いをしながら澄ました顔に戻す。
「前に言っていた料理でもしましょうか?」
「え、ええ。構いません」
ルーテシアは必死に大人の女性を演じる。だが口角はひくひくと上がっていた。
「レモンケーキなどどうかと思ったのですが」
「レ……! こほん。いいですね。そういたしましょう」
「…………」
様子のおかしなルーテシアをヘルマンは訝しげに見る。その視線に耐えきれず、ルーテシアは立ち上がった。
「楽しみにしていますね。それでは、おやすみなさい」
もっと長い時間ヘルマンと一緒にいたい。そんな気持ちを押し殺して、ルーテシアは毅然と立ち去る。そうしないとヘルマンにくっつきたくてたまらなくなってしまいそうだったからだ。
ヘルマンは何とも言えない表情でルーテシアを見送った。
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