13

 公開訓練は無事に終わり、帰り道。一緒に帰れることになったヘルマンとルーテシアは王城前で並んで馬車を待っていた。


「疲れませんでしたか?」

「いいえ、まだまだ元気ですよ。ヘルマン様の模擬戦を応援するのに、力が入ってしまいましたけれど……」


 ルーテシアは笑顔で腕をほぐす。変に力が入ってしまったようで、筋肉痛になりそうな痛みだった。


「お疲れになったのはヘルマン様の方ではないですか? あんなにハードな訓練を」

「普段に比べれば軽いものです」

「あれで、ですか!?」

「ええ。休みなしで2時間、なんていうことも」

「まあ!」


 淡々と告げられたヘルマンの言葉にルーテシアは口に手を当てて驚く。


「それはお疲れになるでしょう! 私も本を持ち運ぶので腕の筋肉には自信がありますが、使うのは腕だけではないですものね」

「まあ私達は普段から鍛えておりますので」

「そうですよね」


 ヘルマンの身体つきをチラリと見た。前々から思ってはいたが、服の上からでもそれなりに筋肉があることがわかる。触ってみたいけれど、避けられた時を思うと怖いので、ぐっと我慢した。


「もし疲れていなければ今日は外で夕食を食べて帰りましょうか?」

「えっ?」


 ルーテシアはヘルマンの筋肉に意識が逸れていたので一瞬反応が遅れる。パチパチと瞬きをすると、みるみるうちに表情が明るくなった。


「い、いいんですか!? はい、もちろんです!」


 結婚してから今まで、夕食を二人で外で食べたことはない。ヘルマンからの突然の申し出はルーテシアにとってとても嬉しいものだった。


「それでは店に寄りましょう」



 馬車に乗って着いた店は落ち着いた雰囲気だ。置いてある調度品一つ一つは高価なものだとわかるのに、それが過度に主張しすぎていないところに店の格式の高さを感じる。


 ヘルマンとルーテシアは個室に案内された。決まったコース料理があるようで、注文しなくても料理が運ばれてくる。


 料理は一品一品間隔を空けて提供されるので、食事中無口なヘルマンとも合間に会話を楽しむことができた。ヘルマンはきっと昔からこういうお店で食事をしてきたのだろうと思うと、ルーテシアはまたヘルマンを知ることができたようで嬉しい。


「今日は本当に楽しかったです。エクレール様ともお知り合いになれましたし。今度お茶会に招待してくださると言くださいました」

「それはよかったです」


 結局ガリオから、ヘルマンが何で笑ったのか聞くことができなかった。それにガリオはヘルマンが緊張していると言ったけれど、ルーテシアには思い当たる節がない。自分相手に緊張などしないだろうと思っている。


 次こそはもっと話を聞きたい。だからこそエクレールとガリオとは今後も親しくしていきたいと、自分の目的のためにそう思っていた。


「それにこうしてヘルマン様と一緒にお食事ができて嬉しいです」


 店員に「奥様」と呼ばれるだけで浮足立ってしまうルーテシアだ。常に笑みを浮かべて本当に楽しそうだった。


「ヘルマン様づくしで幸せな一日です」

「…………」


 そんな浮かれたルーテシアは自分の気持ちをストレートに伝えすぎる言葉を発したことに気がつかない。もちろんヘルマンが固まってしまったことにも。


 ヘルマンはコホンと小さく咳払いをした。


「公開訓練なんて見ても退屈させてしまうだけかと思いましたが誘ってよかったです」

「はい! また次も必ず誘ってくださいね!」


 ルーテシアの瞳はきらきらと輝いている。それはまるで新しい本を開く前の瞳と同じくらいの輝きだった。



 食事を終えるとルーテシアはヘルマンにエスコートされて馬車に乗り込んだ。


「家に戻るまで時間がかかります。目を閉じていて構いませんよ」


 馬車が動き出すと、ルーテシアの隣に座ったヘルマンがそう声をかける。ルーテシアは少しでもヘルマンと話せる機会を逃してなるものか! と、首を横に振った。しかしそれをヘルマンは遠慮していると取ったようだ。


「私のことはお気になさらず」

「いえ、本当に……」

「肩でも貸しましょうか?」

「え?」


 再度断ろうとしたルーテシアはヘルマンの申し出に目をみはる。肩を貸す、ということは自分の頭をヘルマンに乗せるということだ。


(そんなの、まるで恋人同士みたいじゃない!)


 既に夫婦であるのだが、そんなことは頭から飛んでいってしまっているルーテシアは頬を赤らめながら恥ずかしがる。声も出せなくなっているルーテシアの頭にヘルマンの右腕が伸びてきた。


「!?」


 一瞬、これから抱きしめられるかのような格好になり、ルーテシアの心拍数が一気に上る。ヘルマンの右手がルーテシアの頭に優しく触れ、自分の左肩へと誘った。結果、ルーテシアはヘルマンの左肩に頭をつけるような格好になっている。


「気にせずおやすみください」


 ヘルマンが低い声でそう言う。バッと頭を離すのも失礼だし、離れがたくもあった。ただこの今までなかったような密着状態で、ルーテシアの頭はパンク寸前だ。


 ルーテシアは言われるがまま目をぎゅっとつぶる。眠れるはずもなく、家に着くまでルーテシアは身体を固くした状態でヘルマンの熱を感じていたのだった。

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