ある部族
…この区域に生息する彼らは、ごく小規模にしか信奉されていないものを含めると、ほとんど数えることも不可能なほどの風習を持っている。自らを単一の族民集団と自認しているにもかかわらず、それらは奇妙に統一を欠いているのである。
いずれの風習においても、従う者たちはそれを普遍的かつ深い歴史を持つと信じている一方で、その起源や成立時期について正確に答えられる者は存在しないと言ってよい。
以下に紹介するのは、私が見聞した中で最も不可思議かつ、成り立ちが推測できなかった習俗の一つである。
ある部族では、一神教を信仰する一方で、神の本質は全くの白痴であると考えられている。それゆえに彼らは世界や実存に意味を見出すことを認めず、それらを追求しようと試みる者は激しい攻撃に晒される。
上記の理由があってか、彼らの殆どの死因は自殺である…より正確には、本質的に自殺に相当する。 結果的に死ぬことが明白な労役がたびたび全員に課せられる。過度の飲酒・幻覚作用のある植物の接種・姦淫は掟で禁じられてこそいるが、共同体全体に蔓延している。
極めつけに、彼らは何時ごろからか、新たに子が生まれるや否や、ある種の樹の苗をどこからか手に入れて来る。歩けるようになった子供は、毎日欠かさず樹を育てることを命じられ、水や土の手入れに奔走することになる。万が一、樹を枯らしてしまうことがあれば、その者はもはや部族の一員とはみなされない。飢餓や疾病で野垂れ地ぬと、いつの間にか人目のつかぬ所へ死骸は運ばれ、そこで自然に朽ち果てるに任せられる。
彼らが成人する頃には、個体差もあるが樹はそれなりの巨木に育っている。成人した彼らには、それまで以上に厳格な掟が適用されるようになり、些細な出来事が原因で共同体から追放されることは珍しくなくなる。そうして部族内で生きる手段を失うと、彼らは自らの育てた樹に縄をかけ、首を吊って死ぬ。
万が一、樹の生長が不十分で括った枝が折れるなどすると、彼らは賎民・不可触民として必要最低限の施しを受けながら、また樹を育てることに残りの人生を捧げ、再びそこで縊死する。
彼らは、自らの絞首台と共に生きて死ぬことを定められている。
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