第18話

 最後の石段を駆け上がった。


 市役所から走り続けた俺は、ゼーゼーと胸をかきむしるように息を切らして、両膝に手をつく。額から汗が滴り、地面にしみをつくる。右目の端には手水場が見え、そこから爽やかに落ちる水の音が届いてくる。だが、境内に灯はなく、慣れた目でも辺りはうすぼんやりとしていた。

 地面にしみを増やしながら息を整えていると、視界の中に茶の革靴が入ってきた。

 顔を上げると、奥に建つ朱色の本殿にピントが合う。そして、俺の目の前に立つ人物に、少しずつ焦点が合わさっていく。


 「ようこそ。長岡悠太君。」


 そこには、カジュアルな紺のスーツを着こなす老齢の男性が、姿勢よく立っていた。グレーヘアに、健康的な皴の少ない老い方。だが、笑う目元には、確かに細かな皴が重なる。そして、薄明かりでもそれとわかる彫りの深い目は、しっかりと俺を見据えていた。


 「あの、これを、良子叔母さん、から、渡されて、来たん、ですけど。」


 俺は息も絶え絶えに、右手に握りこんでいた紙を広げ、その人に突き出す。暗くてよく見えないのか、広げた紙に顔を寄せてきた。


 「はい。突然呼び立てて申し訳ない。私も先ほど連絡されたもので、驚きましたが。」


 そう言う割には、驚いている様子も、戸惑っている様子もない。すべては予定されていたことのように、つらつらと述べている。


 「あの、あなたは、以前、駅前でお会いしたと思うんですけど。」

 「ええ、確かに。私は、綾芽の祖父、乙訓実と申します。」

 「綾芽の? だったらあのとき————」

 「そうです。まだあのときは、打ち明けるべきか私どもも迷っていたのです。それで、あんな回りくどいことをしてしまいました。」


 綾芽の祖父、乙訓さんは小さく頭を下げた。


 「じゃあ、あの金庫の議事録も、綾芽にかかってきた電話の声も。」

 「その通り、私たちがしたことです。何分、誤解や混乱を招いてしまい、本当に申し訳ない。」


 また、乙訓さんは頭を下げる。そうして、頭が下げられるたびに、その背後に建つ、本殿が朱く姿を現わす。闇の中でも、その主張は前面に押し出されていた。


 「なんで、そんなことをしたんですか。」


 相手の姿がはっきり見えないからか、簡単に問うことができた。それとも、この人だからなのだろうか。


 「そうですねえ、私たちも、方法を間違ってしまったのかもしれません。」

 「間違って……。」

 「はい。初めからこうしておけば、正しかったのかもしれません。」


 方法、間違える、正しい。それらは徐々に、良子叔母さんの言葉に変っていき、頭の中で反芻される。新しい方法、答え、正解、覚悟を持て、今がそのとき。誰しも、迷っていたのだろうか。良子叔母さんも言っていたように、この人も。

 自然と落ちていた視線を前に戻す。乙訓さんは、俺を見ていると思ったが、俺の後ろ、その遠くを見ているようだった。

 俺も後ろを振り返って見る。しかし、鳥居が立ち、生い茂った木々が手を振っているように揺れるだけで、高さの割に町も何も見えない。その暗闇の中に、幟や酒樽が静かに佇んでいる。夜空には、星も瞬いていなかった。ただ、一つだけ、小さな光が空にひとりぼっちでいる。


 「では、ついてきてください。長岡悠太君。」


 呼ばれて前に向き直すと、すでに乙訓さんは先へ歩を進めていた。

 俺も無言で後を追う。

 暗い境内を乙訓さんはためらうことなく進んでいく。俺はおぼつかない足を恐る恐る置いていく。ときどき石畳を踏み外して、砂利を鳴らす。前を行く乙訓さんは、そんなこともなく、カツカツと硬い音を正確に鳴らしていく。やがて、ずらりと並んだ絵馬所の横を通り過ぎた。そこにはいくつもの願い事が記されているのだろうが、今は何も読めない。歩いている石畳の幅が少しずつ狭くなっていく。

 そして、本殿ではなく、その左手に回り、森と本殿の隙間にある側面に沿って奥へ行く。膝の高さ程度の朱色の柵をまたいで、さらに奥へ進む。ここまで来ると、もう何の明かりも届かずにほとんどが見えない。何より、ここまで入り込んだことは今までなかった。

 本殿の裏に回りこんだすぐの所で、乙訓さんが立ち止まった。


 「ここです。」


 だが、俺が立つ場所には何もなく、ただ本殿の裏にいるだけだ。


 「下です。下。」


 下を見るが、やはり何もない。強いて言うならば、放置されて積もり積もった落ち葉が、そこには敷き詰められているだけだ。

 すると乙訓さんは、どこから持ってきたのか、一本の箒で俺の目の前を掃き始めた。そして、ガサガサと乾いた落ち葉が音を立てるごとに、地面にすっぽりはまった木の板が姿を現わしてきた。人が余裕で乗れるほどの大きさだ。かなり古いのか、木の表面は朽ちて、隅はボロボロに欠け落ちている。鼻をつく湿ったカビの匂い。本殿の裏の闇は、密度を高め空気を澱ませている。

 俺は目を凝らして、板の一番手前を見てみる。そこには、小さな取っ手がつけられていた。


 「これは?」

 「この町の歴史です。」


 すでに箒を持っていない乙訓さんは、またもやどこから出したのか、鍵を片手に持っていた。そして、しゃがみ込むと、取っ手についた錠を開ける。地面に落ちた錠は、ごとりと鈍い音を立てた。


 「さて、ちょっと手伝ってください。」


 乙訓さんは、取っ手に手をやりながら、もう一方の手で俺を呼ぶ。俺も指示されるがままに腰をかがめて、板から突き出た取っ手を握る。錆びついていて、表面がチクチクと手に刺さる。しかも、落ち葉に隠れていたせいかじんわりと濡れている。


 「せーのっ。」


 乙訓さんの掛け声で、同時に取っ手を引き上げる。だが、木の板とは思えない重さで、構えていた力加減ではピクリともしなかった。


 「ほら、もうちょっと力を入れて。せーのっ。」


 今度は全力で引き上げた。徐々に板が上に開いていく。上に残っていた落ち葉が、角度のついた板の上を滑り落ちていく。中から、空気が漏れてきて辺りに砂埃を立てる。腰の高さに達したところで、乙訓さんは取っ手から手を放し、下から押し上げる姿勢になった。それに倣って、すぐさま俺も下から押し上げる。触れる板の裏面は、やたらと冷たい。

 二人してようやく、背の高さまで板を開けた。


 「よし、そのまま。」


 そう言って、乙訓さんは手を放し、俺が一人、突っ張り棒の形で板を支える。ちょうど、目の高さに、板の裏面が見える。しかし、そこに木はなく、全面が鉄板だった。それに、持っている板の縁は、三センチはあるだろうか、かなり分厚い。木の板は、鉄板の上に貼られたお飾り程度のもののようだ。

 やがて、乙訓さんは鉄の棒を二本持ってきて、開いた板の両端、地面と突っ張る位置にそれを置いた。手にかかった重さがなくなる。

 ゆっくりと手を離した俺は、足元に開かれた穴を見る。そこには、下へ続く階段が闇に向かって伸びていた。その吸い込まれるような闇からは、冷気が湧き出ている。先が見えないそこには音すら感じられない。


 「さあ、足元に気をつけて、ついてきてください。」


 また乙訓さんは、ためらうことなく暗闇の階段をずんずん下りていく。一人取り残されると、急に辺りの雰囲気が気になり始めた。本殿の裏、湿った空気に、背後にはうっそうした森。風が吹くと、森がカサカサと不協和音を奏でる。それは人の囁き声のように耳に入り、全身に鳥肌が立つ。

 もう、暗闇をのぞかせる穴に乙訓さんの姿は見えない。


 「よし、覚悟を持て。」


 自分に言い聞かせるように、つぶやく。そして一歩、階段に足を踏み出した。



 チカチカと二、三度瞬いた後、電気が点いた。

 俺は暗闇の中、手探りする感覚で階段を下りていき、目的地であろう地下室にたどり着いていた。乙訓さんが、壁のスイッチに手を置いて、部屋を見渡している。教室ほどの広さだろうか。天井も床も壁もコンクリートでむき出し。だからなのか、外のような湿っぽさが一切なく、乾いた空気で満たされている。ただ、それが余計に肌にまとわりつく冷気を鋭くする。


 部屋の壁一面には、背の高さを越すスチール書庫が並べられている。中央にも折り畳み式のテーブルが固めて広げられていて、その下には金庫が並び、上にも大量のファイルが並べられている。どこを見ても、すべてが収納だ。ところどころ、床下収納であろう部分まであった。


 「さて。」


 乙訓さんは全ての電気が点灯すると、一直線に部屋の中を歩いて行く。一つのスチール書庫の前で立ち止まると、カラカラと軽い音を鳴らして開けた。中から分厚いファイルを一つ取り、そっとテーブルの上に置いた。


 「長岡悠太君。これを見てください。」


 乙訓さんはこちらを見ずに、ファイルを開きながら呼びかける。そばまで寄るために歩くたびに、コンクリートの冷たさが足から伝わってくるような気がする。


 「これは……、天満宮の地図、ですか。」

 「そうです。」


 広げられたファイルには、町の人ならすぐにそれと分かる、天満宮の地図が挟まれていた。


 「これが、歴史ですか? それなら別に————」

 「いいえ、ここを見てください。」


 乙訓さんは、地図の右上、一番端の枠外に指をさす。


 「これって。」

 「そうです。十五年前の四月二十三日、その日の天満宮の地図です。そして————、ここ。」


 乙訓さんの指が、地図の上をなめらかにスライドしていく。俺はその指を目で追いかける。すると、天満宮の敷地の南端、薄い緑色に塗られた一帯、そこにある赤い丸印で止まった。


 「この印が、なんなんですか?」


 しばしの沈黙。やがて、乙訓さんは口を開いた。


 「ここで、綾芽が発見されました————。」


 一瞬、耳が遠くなる感覚に襲われた。だが、確実に聞こえて、頭の中で発せられた声のように響いている。


 「発見って、どういうことですか。」


 俺の声は震えていた。指にも微かに力が入って、ピクピクと痙攣するように震える。


 「その言葉の通りです。この日、この場所で、綾芽が生まれ、我々がそれを発見したのです。」


 もう一度地図を見る。赤い丸が記された場所は、建物もなく、遊歩道もない。薄い緑で塗られているのは、そこに森が広がっているからだ。俺の記憶の中でも、それは確かなことだった。そして、こんな場所に、人は立ち入らないはずだ。


 「いや、やっぱりわかりませんよ。発見って、捨てられてたってことですか。」

 「そうですね、そうでしょう。」


 俺の問いの答えたのか分からない返事をして、乙訓さんは次のページをめくる。今度は、一枚の写真と、細かく数字が記された用紙が挟まっている。


 「赤……ちゃん、ですか。」


 見たままをつぶやく。その写真の中には、生い茂った草に覆われるように、裸で丸まった赤ん坊がいた。目も開いていない。しかも、裸なだけではない。土と草の上にそのまま転がっているようだ。


 「これが、綾芽ですか。」

 「そうです。」

 「やっぱり、捨てられてたってことなんですか⁉」


 俺ははじめて声を荒げた。だが、乙訓さんはそれに動じることもなく、まっすぐ立った姿勢を崩さない。そして、堀の深い目を閉じて、首を横に振る。


 「いいえ、そうではありません。」


 乙訓さんは、またスチール書庫に歩み寄って、もう一つ、分厚いファイルを引っ張り出してきた。そして、同じように一ページ目を開く。

 そこには、天満宮の地図が挟まれていた。まったく同じ大きさ、まったく同じ書き方で。だが、先ほどの地図より劣化しているようで、縁が薄黄色く変色している。


 「日付を見てください。」


 そう言われて、右上の枠外に視線を動かす。


 「これはもう一つ前、今から三十年前の四月二十三日の地図です。」


 乙訓さんは、さっきと同じ口調で淡々と述べる。そして、今度は地図の上で指をさまよわせ始めた。


 「えー、このときは、確か、ここですね、ここ。ここで、アヤカが発見されました。」


 天満宮の中央、四角くくり抜かれ、何の色もついていない場所に赤い印があった。ということは、ここは整備された場所なはずだ。————だが、もっと重要なことがある。


 「……誰ですか、アヤカって…………。」


 俺は、喉に引っかかったものを絞り出すように訊ねる。

 だが、俺は乙訓さんの方を見はしない。次のページをめくって現われた、砂利の上に丸まった赤ん坊から、目が離せなかった。


 「綾芽の先代にあたるテンマングウジです。」


 まただ。また、その言葉。


 「なんなんですか、テンマングウジって。」

 「天満宮に生まれる子ども。神の子とも、呪われた子とも言われていますが、私どもはそのどちらでもない。天満宮児と称しています。」

 「だから、意味が分からないんですよ。十五年前とか、三十年前とか、先代とか!」


 乙訓さんは俺の横まで来て、アヤカという赤ん坊が写る写真をやさしく撫でた。その指は、ごつごつと骨ばっている。


 「このときは、場所もよく、日の出とともにすぐに発見できました。」


 遠い過去を思い出すかのように、柔らかい声で語る。


 「この子も、捨てられてた……わけじゃないんですか。」

 「ええ、ここで、生まれました。だから、天満宮児なのです。」

 「じゃあ、この子は今どうしてるんですか。」


 そう聞かずにはいられなかった。それが綾芽にとって、一番大切なことのように思えたから。

 乙訓さんは何も言わず、分厚いファイルの最後のページを開ける。そして、また天満宮の地図が挟まれていて、右上の日付を指差し、すぐに赤い印に移る。

 今度は、バツ印。


 「十五年後の十二月二十六日、ここで、消失しました。」


 もう、なにもかも勘弁してほしい。


 「……それは、死んだってことですか。」

 「そうではありません。消失、消え失せるのです。まるで、はじめからいなかったかのように。」


 俺は、力一杯歯を食いしばる。テーブルについた手は、いつの間にかこぶしに変わっていて、ギリギリと握りこんだ爪が手のひらに食い込む。


 「これが、この町の歴史です。いつからか繰り返され、町の人々が守り、受け継いできた歴史なのです————。」


 乙訓さんは、黙ってうつむく俺に話し始めた。静かに、優しく。ただ、教科書を読み上げるような、平淡とした口調で。


 この町では、はるか昔から四月二十三日になると、どこからともなく子どもが現われるのだという。それがいつからかなのか分からない。ただ、十五年経つと、必ず消えていなくなる。それは伝説や民話として語られていた時期もあったようだが、徐々に、町の人々が隠し、守るようになった。

 そうして、正確に記録をつけるようになってから、分かったことも増えた。四月二十三日の日の出の時刻に、この天満宮のどこかに必ず現われること。それがどこであるのかはまったく分からないこと。十五年後の十二月二十六日、午後十時十三分に消えること。現われるのは必ず女の子であること。現われてから消えるまで、他の子と何も変わらず、育っていくこと。自分が何者であるのか、自覚していないこと。消えるときは、身体だけ、衣服も持ち物もすべてそのままに消えること。そのことを、本人は一つも知らずに、生まれて、生きて、消えるということ。だが、それらは事実を挙げただけであって、なぜそうなるのか、理由はまったく分からないという。


 そして、町の人々が協力し合って、その子を見守り、経過を観察して、記録して、この地下室に保管しているということ。それを見守る町の人々は、いつでもどこでも見守れるように、幅広い年齢と職種で構成されているということ。ただし、この町で生まれ、この町で育ち、この町で働いている成人で、かつ天満宮児保護の会の会員に推薦された人物しか、その会に入れないこと。

 綾芽の家族、両親のこと。綾芽が発見されたとき、衰弱していて、会も混乱したこと。それがタケオというあの男を狂わせてしまった原因であったこと。

 会員の方針や思いがすれ違っていること。昔のように、全員の想いを一つに協力したいこと。ただ、何も知らず消失する以外の道を模索していること。その一つに、天満宮児が事実を知るという選択肢があること。もう一つは、これまで通り粛々と見守っていくこと。そのどちらが正しいのか分からないこと。良子叔母さんや自分たち数人は、天満宮児が事実を知った上で過ごしてほしいと願ったこと。

 そして、それが今、よくない形で実現されたこと。


 最後に、綾芽が生まれてから十五年が経ち、もう十二月だということが告げられた。


 「この町の歴史は、都があったことだけではありません。町の人々が、ひそかに守り続けてきたことがあるのです。」


 乙訓さんは、話し終えると、そう言って締めくくった。だが、俺の耳には大して入ってこない。周囲の音が消えていた。身体全体が、薄い膜に覆われたように、水中にもぐっているように、くぐもって聞こえる。身体も、宙に浮いているように、何かに吊らているようにゆらゆらする。


 それでも、抱えきれないほどの情報が、頭の中に津波になって押し寄せてくる。それらは、耳の右から左へも、左から右へも抜け出てはくれない。

 俺は、抱えきれないものを放り出すように、その場からスチール書庫に駆け寄る。そして、並んでいるファイルを片っ端から取り出してテーブルに並べると、一つ一つ開けていった。


 一ページ目、地図、丸印、最終ページ、地図、バツ印。

 一ページ目、地図、丸印、最終ページ、地図、バツ印。

 一ページ目、地図、丸印、最終ページ、地図、バツ印。


 同じ日付が、十五年ごとに過去に遡っていく。それにつれて、紙や写真が古く、黄ばんで傷んでいく。印字された文字の書体も変わって、旧字体が増していく。

手に取った全てを見終えると、またスチール書庫を開ける。そして、地図を見る。日付を見る。印を見る。

 やがて、鍵のかかったスチール書庫に出会った。それを力ずく開けようとしていると、乙訓さんは、さっきと変わらない口調で言ってきた。


 「特に古い資料に関しては、ここでも鍵をかけています。大変貴重で————」

 「開けてください!」


 咄嗟に叫でしまう。何を言われても、そう叫んでいただろう。

 確かめるしかない。何を確かめるのか、と聞かれても、もう分かり切ったことを確かめるとしか言えない。おそらく、どれだけ見ても事実は変わらないと直観してしまっている。だが、どうしても確かめずにいられなかった。

 乙訓さんは、やれやれと表情をつくり、束になった鍵から一つを取り出して、俺に手渡した。すぐに、鍵穴にさしてガシャガシャと乱暴に回して開ける。

 再び分厚いファイたちが現われる。それらを取って、またテーブルに並べる。中に挟まっている紙は、漢字やカタカナ、筆で書かれていて、もう俺には読めなくなっていた。

 だが、それでも分かることがあった。


 一ページ目、地図、丸印、最終ページ、地図、バツ印。

 一ページ目、地図、丸印、最終ページ、地図、バツ印。

 一ページ目、地図、丸印、最終ページ、地図、バツ印。


 文字が読めなくても、内容が分からなくても、事実だけは伝えられるように記録は統一されていて、それらは俺にも理解できた。理解できてしまった。


 「これは、いつまで続くんですか。」

 「記録上の最初はありますが、本当にどこまで遡れるのかは誰にもわかりません。」


 乙訓さんは、大仰に首を横に振る。だからこそ、わかる。嘘は言っていない。何よりも、俺自身、十五年刻みの資料をいくつも見てしまった。それが何よりの証拠と分かってしまう。

 しかし、だとすると————、


 「綾芽は、どうなるんですか。」


 自分の口からは、言わない。言いたくなかった。それに、心の隅では、完全に信じ切れていないのかもしれない。それは、頭で理解することとは別のことだと思うから。


 だが乙訓さんは、その言葉を口にする。


 「綾芽は、十二月二十六日、午後十時十三分に消失します。」

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