幕間
「はぁ…。」
暗い事務所の中で一人、オフィスチェアに座ったまま、何度目か分からないため息を吐く。頭を掻くとうっすらと汗が手についた。
眼鏡を外して、指紋の汚れを拭いていく。愛用しているクロスがレンズを滑っていくが、暗がりの中では拭き取れたのか分かりにくい。
適当なところであきらめてクロスを胸ポケットに戻し、ネクタイをデスクに放る。ねじれてよれたネクタイの横には、紙の束とペンライトが置いてある。
「あの子と知り合いだったのかぁ。」
言葉は誰に届くこともなく、暗い事務所の中に溶けていく。
突然連絡が入り急いで戻ってきたのだが、こういう案件が定例会で出たのなら、すぐに知らせてほしい。何が「そう言えばお知らせします」だ。毎週開会しているにもかかわらず、定例会は柔軟に機能しなくってきている。
ペンライトを手に取り、紙の一枚目を照らす。やはり何度見返しても、見知った会の議事録だった。それに、いくらかページをめくっていっても、心配したところは一つ残らず黒塗りにされている。
すぐ左に目をやると、金庫がその大きな口を開けている。開いた扉の上に手を置くと、重たい質感と冷たさが伝わってきた。
「なんで開いてるんだ……。」
金庫の扉を揺らしてみても、返事は帰ってこない。
それにしても、騒ぎを大きくしないために、自分が出向いて正解だった。おかげで母さんに気づかれずに済んだようだ。母さんは知る権利を持っていない。
もう一度ため息を吐いて、議事録の続きをめくっていく。どれだけ確認していっても黒塗りだらけで、重要なところは無事に隠されている。
しかし、残り二、三枚の辺りに差し掛かったところで、やけに黒の密度が薄いのに引っかかった。
「クソッ!」
小さく吠えてしまった。
『長岡洋議員』、自分の発言箇所だけがきれいにそのままにされていた。この議事録中で唯一名前が明かされてしまっている。しかも、発言内容までほぼ読める状態のままだ。二人はこれを読んだのだろうか。
ここにはないはずの議事録、黒塗りの有無、空でロックされていたはずの金庫、このタイミングでやってきたあの子、悠太まで一緒に。
一番知られたくない人物が運よく一部を知ってしまったようだ。
しかし、運がいいと片付けられる問題ではない。これは運などではない。
自分の知らない間に、誰かが、何かが動いている。こんなことができる人はそういない。
しかし、こんなギリギリのことがあったと大事にしてしまっても、それこそ会の機能を崩壊させかねない。
スマートフォンを出して、名簿の中から三、四人だけをピックアップしてメールを送る。できるだけ身近で、信頼できそうな人物。
一先ずの連絡を終え、小窓を開けて煙草を吹かす。吐き出す煙は、仲間のもとへ帰っていくように、上空の黒い雲めがけて立ち昇っていった。
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