こころのげんじつ

 その日のモモは、ちょっと妙なくらいに上機嫌だった

「おじさん、見て見て!」

 いよいよプロットの大詰めに取り掛かっていたわたしに、何かを握りしめた手を突き出してくる。花びらが虹のように色づいた、美しい花だった。

「虹の花! 『ナナシ』に出てくるのと同じでしょ?」

「へえ、きれいだね。どこで見つけてきたんだい?」

「ううん。、あたしが作ったの。見てて!」

 そう言って、モモは空いていたほうの手に「うーん」となにやら力を込めている。少ししてモモの手が光ったかと思うと、いつのまにかそこにもう一輪虹の花が現れていた。

「えへへ、どう?」

「すごいな……! 新しい魔法が使えるようになったのか」

 モモが作りだした花は本物の切り花とまったく見分けがつかない。どこかに咲いていた花をその場で摘んできたかのようにみずみずしかった。

「もっと色々作れるよ! ほら!」

 モモの両手から様々なものが飛び出していく。生きた小鳥、蝶、クッキーにイチゴのショートケーキ、きらきらした宝石、小さな木馬……飛んできた花びらが鼻にまとわりつき、わたしは思わずくしゃみをした。

「おじさんのお話読んでたら、もっともっと魔法が使いたくなったの! 今ならあたし、遊園地だって作れちゃう!」

「そんなに大きいものを作ったら離れが潰れてしまうよ」

 モモの魔法はやがて煙のように跡形もなく消えていく。楽しそうに一人遊びをするモモをよそに、わたしは以前抱いた危惧を再び思い出した。

 モモの力が強くなっているのだろうか。本当に『遊園地だって作りだせる』のなら、そんな力は飛行や瞬間移動とは比べ物にならない。ひとりの人間が使うにはあまりに大きすぎるのではないか。ただでさえ、両親に疎まれているような才能がこのまま成長していったら、その後モモははたしてでいられるのか……。

「……おじさん、どうしたの?」

 ふと、モモが不安げにわたしを見つめている。いつのまにか表情がこわばっていたらしい。なんでもないよ、とわたしは唇を吊り上げた。だとしても、わたしだけはモモの味方でいなければならない。そう自分に言い聞かせる。

「それにしても、今日はずいぶんご機嫌だね。何か良いことがあったかい?」

「えへへ、あのね――」

 モモはよくぞ聞いてくれたとばかりに満面の笑みで、心から嬉しそうに言う。

「明日、パパと会えるの!ママとパパと三人で、一緒にご飯を食べに行くの!」




 やはり、モモが必要としているのは“そういうもの”なのだ。

 廊下の窓から、楽しそうに庭をスキップしているモモとそれをたしなめる母親らしき影が見えた。実感はないけれど、こういう光景が“家族”なのであろうと思う。

 だからそこに、わたしが割って入れるような余地など微塵もありはしない。

 良い進展があったのか。兄夫妻が本来あるべきように仲睦まじくなるのなら、それに越したことはない。そして、モモが普通の子どものようにふたりに愛されるのならば、それ以上はないだろう。

 だというのに、わたしはなぜ嘆いている? おこがましくも彼女の『一番』になれると思っていたのか。あるいはモモが二親から永遠に愛されない、不幸な子であり続けることを願っていたのか?

 あさましい。醜悪の極致である。

 このまま上手くいくと良い。おとぎ話や、醜い小男のことなど忘れ、両親と手を繋ぐことこそ幸せであると確認してくれればいい。きっとそれこそが彼女の本当の幸せだ。モモと母親が門から出ていく。離れにひとり残され、曇った窓に映るわたしの姿の、ああなんとおぞましいことか!

 瘤が突き出して変形し、奇妙に湾曲した背中。両足の長さが合わず、片方の足を重りのように引きずっている。手は木の枝を適当に括り付けてこしらえたような形だ。顔ときたら、目は魚のように膨れ上がっているし、鼻は頬の瘤と見分けがつかない。唇は薄すぎて杭のような前歯を隠せていない。人々が思う醜さをすべて掻き集めたものがこの姿だ。こんな卑しい見てくれで、よくも彼女の前にいられたものだ。傲慢、無恥、思い上がりもはなはだしい。

 まして――彼女を愛そうだなんて、いったいどれほどの厚かましさであったか。

 順調に出来上がっていたはずの物語が、瞬間、まるで意味のない落書きのように思えてきた。部屋に戻ったわたしはノートを閉じ、床にもぞもぞと寝転がった。どうせ今日は彼女も来ないのだ。わたしは手足を縮こまらせ、死骸のように目を瞑る。

 彼女の幸せを心から願うことができないことがなにより惨めであった。

 その日の夜は、久々のざあざあ降りの雨になった。

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