あめもよう
わたしの思いとは言いつつ裏腹に、物語はなかなか完成しなかった。
ようやく骨組みができたと思っても、後から読み返すと退屈でつまらない話であることに気づいたり、今度は起伏を作ることに気を取られ、筋がめちゃくちゃになってしまったり。出来損ないの話をちぎり取っては捨てていたら、気づけばノートの余白がなくなって、新しいノートを買ってはまた同じことを繰り返す。こんなものじゃだめだ、早く完全させなければ。焦れば焦るほど、生まれる物語は乱雑に、ぐちゃぐちゃになっていく。
モモは決してわたしを急かしたりせず、本を読みながら気長にわたしを待ち続けてくれた。彼女の瞳は未だ期待にきらきら輝いている。その光を見るたび、それがいつか失われる日が来はしないかと恐ろしくてたまらなかった。
そんな日々が二月、いや三ヶ月近く続いただろうか。その日は、ひどいざあざあ降りの雨が降っていた。
外を見るのにもうんざりするのに、そんなときに限ってノートを切らしてしまった。代わりに使えそうな紙もない。仕方なく雨合羽とコウモリ傘を引っ張り出して文具屋に向かった。
外出は憂鬱だが、豪雨のせいか町に人影はほとんどない。お陰であの嫌な視線に晒されることのないまま、わたしは無事に文具屋にたどり着く。
「いらっしゃいませえ」
ずぶ濡れのわたしを気怠げな声が出迎える。馴染みの店主の声ではない。アルバイトの店員か? つい気になって顔を上げると、まだ若い女性が見る見るうちに苦々しい表情になっていくのがわかった。
「うわ……」
あ――やってしまった。
店員はそれ以上わたしに何か言うことはなかった。関わりたくない、早く退店してほしいと思っていたのだろう。わたしはそそくさと棚からA4ノートを何冊か取り、会計へと持っていく。わたしが近づくのを見て、店員が小さく呻いた。
釣りが出ないようぴったり合計額の小銭を出し、店員の会計を待つ。店員は一言も発することなくレジスターに金額を打ち込み、小銭を受け取ってノートを袋詰めする。わたしはそれを受け取ろうとして、手を伸ばした。
「わっ!」
「あ……」
店員は驚いたのか手を引っ込め――袋はわたしの手に届かず床にばさりと落ちた。わたしは黙って屈み込み、のろのろそれを拾う。
「…………」
わたしの手が目に入る。関節が奇妙に膨れ上がり、指先はおかしな方向に捻じ曲がっている。確かに気味が悪かろう。怪物の手だ、と昔言われた悪口を思い出した。
ノートが濡れないように胸の前で抱え直し、店を出る。店員からの挨拶が聴こえなかったのは雨の音に紛れたせいだろうと思い込むことにする。なに、こんなのいつものことだろう。自分に言い聞かせようと呟くと、雨が口の中に入ってきた。雨の勢いはますます増しているようだった。
本来、現実、こんなものなのだ。わたしの見てくれは、どうしても人を不愉快にさせるようにできている。あの店員にも悪いことをしてしまった。いつものようにうつむいて、顔をはっきり見せなければ、あれほど嫌な思いをさせずに済んだろうに。やっぱり、雨の日にわざわざ出かけるべきではなかったのだ。
モモといると忘れそうになってしまう。世の中にとって、自分がどんな生き物として見られているかを。今日の店員、あれが普通の人の反応であるのだ。モモだけが特別なのだ。モモだけが、わたしを人間として見てくれる。モモの前だけは、わたしは人間でいられるのだ。
雨に打たれていると嫌な考えばかりが浮かんでくる。ああ、いけない。早く帰ろう。早く物語を完成させなければ。彼女のために。モモに会いたい、今すぐに。
豪雨の中、最早ほとんど役に立っていないコウモリ傘を振り回してわたしは家路を急いだ。離れでモモが待ってくれているに違いない。彼女の名前を呪文のようにぶつぶつ呟くたび、雨が口の中に入ってくる。
しかしその日、モモが離れを訪れることはなかった。
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