はじめてのやくそく
ESP。あるいはサイキック。モモはどうやら、そういう類の非凡な才能を持っているようだった。
わたしに褒められて気を良くしたのか、モモは得意げに次から次へと『特技』を見せてくれた。
「見て! こんなこともできるの!」
水の中を泳いでいるかのようにモモの身体が宙に浮かぶ。感心の声を上げると、今度はわたしが座っている椅子まで浮き上がった。
「うわ、うわわあ、下ろしてくれぇ!」
椅子から落ちそうになりながら頼み込むと、わたしの身体だけが木の葉のように床に柔らかく着地した。椅子は他の家具と一緒に空中でダンスパーティーをしている。モモはさながら家具の嵐の中で踊る人魚だ。
「き、きみがすごいことはよくわかったよ。全部元に戻しておくれ。ほら、お菓子をあげよう」
「ほんとう!?」
くるくる回っている戸棚の中の羊羹を指差すと、モモは目を輝かせて動きを止めた。宙を待っていた家具達もゆっくり下降し、元の位置に収まっていく。落ち着きを取り戻した自室にわたしは安堵のため息をついた。
なるほど、これだけの力があれば、玄関から出入りせずにわたしの部屋に入ってくることも、そしてぱっと消え去ることも造作もなかろう。そのまま自分の部屋に戻り、あたかもずっと勉強していたように装うこともできるだろうし、もしかしたら地球の裏側にすらその身一つで行けるのかもしれない。
大したものだ、と思うとともに、あまりに常軌を逸した才能に恐ろしさを感じたのも事実だった。まるで神様のような力を持つこの少女にはできないことなどないのではないか。今は思いつかずとも、悪い友達に唆されたり、悪どい大人に利用されて犯罪に手を染めてしまいはしないか。それに、モモの両親は彼女の才能についてどう考えているのだろう? 自分の子どもがこんな力を扱えるだなんて知って、心穏やかでいられるのだろうか。
「ああ、楽しかった!」
羊羹を五切れ食べ終えたモモは上機嫌そうに言った。気づけば開かずの小窓から西日が差し込んでいる。子どもが遊ぶには遅い時間だ。
「おじさん、遊んでくれてありがとう! こんなに楽しかったのは久しぶり!」
遊んだというよりも終始翻弄され、『遊ばれていた』印象だったが、モモにとっては充実した時間だったのなら何よりであろうか。
「ねえ、また遊びに来てもいい?」
と、モモは再びあの不安げな顔を見せて言ってくる。
「き、来ても、楽しいことはほとんどないよ。ここにあるのは、本だけだ」
「それでいいの! 家よりずっと楽しいもん。それに、だって……」
モモはわたしの著作を名残惜しげに撫でている。栞の代わりか、花の折り紙がページの中に挟んであった。
「……このお話、まだ読み終わってないから。続き、読みに来ていい?」
恐縮してしまうが、モモはわたしの著作をいたく気に入ってくれたようだった。なんだったらきみにあげよう、そのまま持って帰ってくれと言うと、モモは首を振る。
「それはだめ。ママに見つかったら叱られちゃう。ここにいればママには見つからないし、いいでしょ?」
断るべきだったのだ。そんな子どもの浅知恵、すぐにバレてご破算になるだろうと。
言い訳はいくらでも浮かぶ。単純に子どもが落ち込む顔は見たくなかった。叔父ぶって、可愛い姪っ子のわがままを聞こうだなんて思いもした。初めて対面した自作の読者に褒められて、のぼせ上がっていたことも否定できない。
いや、何よりも――初めてだったのだ。わたしのこの醜い容貌を見て、カエルのように耳障りな声を聞いて、顔を背けずに相手してもらったことなんて。まるで人間のように扱ってもらえるなんて。わたしは虫ではなく人であったのだと、久々に思い出せたのだ。
「あ、ああ――きみが望むなら、いつだって。もっと美味しいお菓子を揃えて、待っているから」
「――ありがとう!」
モモは嬉しくてたまらないように飛び跳ねると、そのまま姿を消してしまった。家に戻ったのだろう。彼女がいなくなっても、彼女が漂わせていたスミレの香りはなかなか消えなかった。
自分がどれだけ愚かな選択をしてしまったかも気づかず、わたしはしばらく、その香りに酔いしれていた。
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