幻花の季節

 花籠を持った少女は、山のように詰んだ白い花を、ぽたぽたと道に落として跳ね回っている。花など一輪も咲いていないような森なのに、彼女が手を伸ばす先には不思議と必ず花が咲いている。名も知らぬ植物の、枝分かれした先に咲く何輪かの内一輪を、少女は選び花籠に入れる。ぽたり、また溢れる花が地面に落ちる。

 白い花の導を辿って、いつの間にか森の奥に踏み込んだリウセイは、戻るにも戻れない。花の水源である少女の姿が目に入り、すぐに呼び止めれば良かっただろうに、働く蜜蜂に声をかけるのも憚られて、奥へ奥へと向かう少女の後ろを歩くことになった。後を追いながら回収した花が、籠代わりの帽子からも溢れる頃。少女が跳ね回るのをやめ、ふと振り向いて、見知らぬ子供に気付き、きゃっと声を上げた。

「急いでいるの?」

 きみの落としものをたくさん拾ったんだ。リウセイは抱えた花を指す。

「ええ、とても」

 少女は山盛りの籠を揺らす。また花が落ちた。

「今年はたくさん咲いたから」

 少女が目線を外し、リウセイの横に手を伸ばす。皮の手袋をしている。草の香りが漂った。葉を分ける音。戻ってきた手の中には一輪の花。まるで手品師だ。子龍の感心も知らず、働く少女はぽつりぽつりと言葉を繋ぐ。

「全ての株に挨拶するのが、とても大変」

 花はすぐそばに咲いていたというのに、少女が手を伸ばすまでは香もしなかった。そう伝えると、少女は胸を張った。

「まさしくそれが私の今日の仕事。見えない花たちに挨拶をして、代わりに一輪、証を貰い、こちら側と花の側を繋ぐの」

 幻花の一種であり、花の咲く時期だけ人の手を借りて姿を現す。花が散る頃には情報の狭間に再び隠れて、来年の開花まで蓄える。光も影もない場所で育った幻花は、陽光を喜び影と遊ぶ。散る間際の花弁には、影絵が写し出されるという。木立の合間に映し出される幻影で、森は舞踏会の鮮やかさを得る。散る僅かな時間の映写会に間に合うならば参加してみるといい。観客も無いまま花弁は落ちる。

 リウセイの横からひょっこり現れた一株は、よく見ると二本の首を無くしている。

「きみの他にも同じ仕事をしている人がいるの?」

 不思議に思い尋ねると、少女が目を輝かせて言う。「妖精も同じ仕事をしているの」

 まだ近くにいるかもねと囁いて、くすりと笑った。妖精郷でも、今日はお花見をしていることだろう。

「あなたは、妖精に近い種族の子?」

「うん。高湯原の龍なの」

「龍なの? すごいね」

「うん。仲間がいなくなっちゃったから、気楽に街で暮らしているの」

「あら、日暮れまでに街に戻らないとね。道は分かる?」

「さっぱりだよ」

 少女は太陽の位置を確認し、日がある内に街まで戻れるようだったので、堂々とした迷子を連れて森を出ることにした。

「家が近いから、一度花を置きに戻るわね」


 妖精が好む多くの植物は、人の薬となる。集められた花は、少女の手により薬に変わる。少女は森の奥に居を構え、薬草を作って街に持って行く。取り扱いのある店の名を出すと、住まいの近所だとリウセイは瞬いた。

「旅物屋さんに住んでいるのね」

「そう。竹さんに拾われたんだ」

「優しいひとね」

「竹さんも離界との縁が深いんだ」

「そうね、龍の子と縁があるくらいだもの」

「街に来たときには、寄ってくれる?」

「花は人の薬になるの。薬を作ったらまた街に行くから、そのときに会いましょうね」

「きっとね」

「ええ、楽しみね」

 離界との繋がりがまた一つ。

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