離界の黒犬

 黒犬は溶けかけていた。何の縁があって連れ帰られたのか。リウセイの後をズルズルとついて回る。呪詛混じりの塵滓がぽたぽたと落ちて床を汚すので、八十竹は雑巾を片手に説明を求めた。

「相棒さ」

 なるほど、仲が良いのはけっこうなことだ。離界の幻体にも分け隔てない興味と龍なりの愛情をふりまくお前は龍族の鑑だ。褒め称える。ただ、ちょっと住む世界が違うものだからえらく床が汚れる。

「聖堂に寄って、浄鈴も借りて来たんだ」

「聖堂のひとたちの悲鳴が聞こえた気がする。鈴を返しに行くときは声をかけてくれ」

「はいよ!」

 返事といい段取りといいパーフェクトだ。街のシステムを理解し馴染んだ子龍の好奇心は、今のところ誰にも止められない。妙な縁ばかり結ぶが、街の者にも子龍は受け入れられている。種の境を越えて黒犬も懐く。

「お前の肌は冷たいねえ」

 離界の犬に被毛は無い。犬を真似た何者かは、呪いの溜まりを作る他には犬そのものだ。四つ足で踊ってみたり、キュンキュンと歌ってみせたりする。子龍も合わせて踊る。

 旅人たちが訪れる街には、各地の良いもの、悪いものが持ち込まれる。子龍も、黒犬も、流れの男もすんなりと受け入れられてここにいる。八十竹も住み着いて長い。訪問者と噂の出入りが多い街だ。黒犬が何を触媒にどこで発生したものかは分からないが、在ることに不思議は無い。何が居てもおかしくない。怨念だとかが凝り固まって出来た黒犬は、愉快そうに遊んでいる。本当は溶けてしまいたかったのだろうに、子龍に呼び止められて、執着が芽吹いたのだろう。影に溶けて、離界に流れ落ちるまでは、もう暫くかかりそうだ。

「でも、店に置くのはなあ」

「籠目大工に聞いてみます」

「客足が遠のかなければいいなあ」

「離界のものも取り扱えるようになるよ!」

「いやだよう。ますます変な物が集まって来ちまう。俺はそこそこの仕事をして、そこそこに暮らしたいだけなんだが」

「竹さんには無理でしょう」

 旅物屋に置かれた品は、留まらない。去る頃をみな知っている。

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