第3話 暗雲

 男は高木中佐と名乗った。


 俺は高木中佐の居室に連れて行かれ、今までの経緯を語った。

 高木は俺が話すことを信じているのか、それとも、疑っているのか、そのどちらともつかない態度で、黙って話を聞いた。


「お前は、2015年の未来から来たというのか?」

「はい、自分でも信じがたいことですが、そう考えるのが最も合理的です。私の機体を調べてみれば証拠となります」

「ジェットエンジンか。橘花に搭載される予定だが、とても同じものとは見えぬ」


 俺は基地内の別室にて、監禁状態に置かれ、日々尋問された。

 太平洋戦争の経緯についても、俺の知る限り詳細に答えたが、はたして俺の言う事をどこまで信じているのかはわからなかった。


 俺の世話は、たちばな少尉という帝大から学徒動員されている士官があたった。

 橘少尉は、俺が昔読んだ漫画に出てくるような帝大生のイメージそのままで、知性と教養を兼ね備えた穏やかな青年だった。

 彼の友人たちは、すでに多くが戦場でなくなり、彼の兄も特攻隊員として散っていた。

 

 俺と橘少尉は、戦後の日本についてよく議論した。漫画やドラマだと未来の情報を伝えることでパラドックスが起きる設定があるが、いちいちそんなことは気にしていられない。

 彼は穏健な立憲君主制支持者で、多大な犠牲と引き換えに実現した、俺の語る未来の日本については、概ね肯定する立場だったが、象徴天皇制という仕組みについては、理解できないようだった。俺も、象徴のなんたるかは、よくわかっていないが。

 憲法で戦争放棄をうたっておきながら、自衛隊という軍隊があるのはどういう理屈なのかとも尋ねられたが、現役の自衛官は政治的発言が禁じられていると説明し、この質問からは逃げた。


 そして、東京大空襲から5ヶ月ほど過ぎた8月10日、俺は高木中佐と、久々に面会した。


「君の言ったとおり、6月23日に沖縄戦で敗北し、8月6日広島に、8月9日長崎に新型爆弾が落とされた。連合国は我が国に無条件降伏を迫っている」

「そうですか。もっと早く降伏していれば、被害を少なくすることができたのですが、やはり、歴史は変わらなかったようですね」

「そうだな」

「8月15日、天皇陛下が終戦の勅を発せられます。敗戦後、日本はGHQに占領され、占領下の日本は苦しみますが、その後、奇跡的に復興します」

「いや、そうはならない」

「なぜですか?」

「我々はポツダム宣言を受諾しない」


 ポツダム宣言を受諾しない? いったい、何を言っているんだ。そんなことはありえないだろう。


「君の乗ってきた機体を調査したところ、確かに今の時代の技術では製造できないことがわかった。しかしながら、『橘花きっか』の改良には十分、貢献できることが判明した」

「それで?」

「すでに橘花は生産し、反撃の準備が整っている」


 戦時中、大日本帝国海軍が開発した国産初のジェットエンジン搭載機『橘花きっか』。しかし、実戦には使われなかったはずだ。


「正気ですか!? 日本とアメリカでは全く国力が違います。局地的に戦果をあげたところで、戦況は覆りません!」

「覆す必要はない。日本がいまだ十分な戦力を温存していると示し、交渉を有利にすすめることが重要なのだ。無条件降伏した結果、君が説明したような未来の日本になるのであれば、降伏する意味はない」

「今日は、8月10日ですよね。すでにソ連も参戦してます。終戦を引き伸ばせば、被害が更に拡大します! 満州では逃げ遅れた人々が凄惨な目に合うんですよ!」

「もともと、満州など傀儡国家だ。本土さえ守れればいい。今は売国奴共が、陛下に屈辱を飲ませようとしているが、今晩の橘花の活躍を見れば考え直されるだろう。君は戦後の日本が、君の知っている日本と違い誇り高き国になる様を、じっくりと見るが良い」

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