プロシェーロ家 訪問

 あれから一年経ってラフミューレからイルナフィウゼ様がナルスリークにやって参りました。

 イルナフィウゼ様とお父様は初対面の為、挨拶を交わしました。

「初めまして、イルナフィウゼと申します。ラフミューレ地方を治めるテール一族の長男で、フォンルテール様の甥にあたります。以後お見知り置きを」

「あぁ、よろしく。アルナリーファの父のヴィルブラン・プロシェーロだ。ナルスリークの現当主を務めている」


 私は早速と声を掛けました。

「お久しぶりです。イルナフィウゼ様。お会いしたかったですわ」

 そう言うと、イルナフィウゼ様は優しく微笑んで下さいました。


「お母様。この館をイルナフィウゼに紹介してもよろしいですか?」

「良いですよ。是非とも案内して差し上げなさい。でも、館の奥の間は行ってはなりませんよ」

 勿論です、と言う風に頷いて2人でお父様の執務室を出ました。


「イルナフィウゼ様にお会いできて私、とても嬉しいです」

 お部屋を出て館を案内しながら呟くとイルナフィウゼ様の頰が少し赤くなりました。

「.....何故、貴女はそのように....」

 と、ブツブツ呟いていましたが、気にしないことにします。


「そうだ。アルナリーファ様、プロシェーロ家の館の庭はどのようになっているのですか?」

 私はプロシェーロ家のお庭に出たことがないのでよく分かりませんが、イルナフィウゼ様が見たいと仰られたので、ご案内することにします。でもお庭へ続く扉の場所など知らないので側近に連れて行って貰いますけれど。

「お庭...と言えるような状態なのかすら分からないのですが...」

と言いながらお庭へ続く扉を開けました。


「これは…!!」


 酷く驚いたような声を上げられたので、何か不都合なことでもあったかと聞くと、そうではなく…と説明して下さいました。

「この庭はとても手入れが行き届いていると感動したのです。アルナリーファ様はよく分からないと言っていましたが、恐らく此処を管理しているのは普通の貴族ではないでしょう。もしかすると…」


 よくよく見ると隅々までお手入れがしてあります。この細かさはプロシェーロ家の者でしょう。小さなところにまで拘るのはプロシェーロ家の者の特徴です。多分お父様かお母様だと思われます。


「そんなに気に入ったならば私が庭に咲いている植物を紹介しよう」

 と、後ろから声を掛けられてとても驚きました。

「お、お父様?何故此処に...」

 私は思わず素っ頓狂な声を出してしまいました。でも仕方がないと思います。お父様のせいですわ。


「この庭を管理しているのは僕で一番知っているのだ。何ならアルナリーファもついてくると良い。気になったものがあれば何でもあげよう。勿論イルナフィウゼも、だ」

 お父様はとても優しい方です。

「本当ですか!?とても嬉しいです。ですが執務の方はよろしいのですか?」

「全くもって問題ない。今日終わらせる分は終わっているし、元々量も少ない。ナルスリークはラフミューレと違って田舎だからな。管理するものも少ないのだ」


 でも田舎の分自然は多いのでプロシェーロ家のお庭もそれなりに広大です。1日で見て回るのは絶対に不可能。端から端まで行くのに2時間ほどかかります。なのでこのお庭を管理するとなれば人手がいるのです。近くにある草原のように何もないわけではないので馬で駆け回ることもできません。歩くしかないのです。


「今日だけでは無理なので、今日はここからあそこまでで良いだろうか?」

「はい!お願い致します!」


 よくよく考えてみれば、イルナフィウゼ様とサリーシュアがお庭の管理が大好きな理由はお父様からきている気がします。イルナフィウゼ様は元々というのもあるのでしょう。きっとお父様に触発されたんですわ。


「そうだな...まずはナルスリークの植物を紹介しよう。でも主に花ばかりになってしまうかもしれない。フォンルテールが花が大好きでな、よく贈ったりしているので、普通の植物はあまりないな」

「それでも良いです!」

「そうかそうか。ならば...」


 と、お父様は一つ一つ丁寧に説明して下さいました。


「最初はバルティアナだ。これはナルスリークのビアスティ草原に咲いている花だ。別名『結束の花』と言われる。大昔の文献が残っていない為、由来は分からないが、その名から団結を表す紋章に使われる。この花は今の時期しか咲かない、とても貴重な花だ」


 今は秋の終わりです。この時期は本当に植物が少なくなってきますから、この鮮やかな緑色が見られると、とても心が温かくなります。


「次はボナフェイロだ。ナルスリークのクルーセルという村に咲いている。別名は『永遠の花』と言う。由来は名の通り、咲いたら永遠に形を保ち続けるから。でもそれが続くのは100〜150年の間。その期間咲いて、次代へと移り変わるのだ。その為、長寿を願う祭りの象徴としても使われる。これは年中咲く機会がある」


 詳しい説明です。イルナフィウゼ様は聞き入っています。でも私は眠くなってきました。人間あまり関心のないことになると途端にやる気がなくなるのです。しかし、頑張って起きていなければ彼と過ごす時間が減ってしいます!


「次は、キュリヴィリエだ。ナルスリークのトリスタン庭園と言うプロシェーロ家の庭の次に広い場所に咲いている。庭園なので、誰でも見ることができる花や植物しかない。もらい物で育てたら上手くいったという感じだな。別名は『灼熱の花』だ。今は咲いていないだろう?この花はその年で一番気温が高い日にしか咲かない。つまりはこの花が咲けばそれ以降最高気温が更新されることはないと言う事だ」


 ほうほう。とても分かりやすいですわね。お花自体はとても綺麗らしいので、是非とも咲いているところを見て見たいものです。


一応言っておきますと、このプロシェーロ家の館の庭はナルスリーク地方最大の面積を持っています。ナルスリークに生息する植物はほぼ全てこのお庭にもあります。逆にないものの方が少ないのではないでしょうか。先程お父様はトリスタン庭園から貰ったと言っていましたが、その庭園も元々はプロシェーロ家が管理していたそうです。ここ10年程でプロシェーロ家の次に広い館を持つ別の貴族に渡したそうですが。


「次はヴェルトワーズだ。ナルスリークのハイネリート砂漠の『幻のオアシス』の近くに咲いている。これは私が採集してきた」


 幻のオアシスとはハイネリート砂漠に一つだけ存在するけれど、それを目にした者は数少ないと言われる場所です。


「お父様はそこに行ってきたのですか?」

「あぁ、1人でな」


 お父様はやっぱり凄いですわね。こんなことを知られたらお母様か側近に怒られそうですが。


「別名は『水流の花』だ。ハイネリート砂漠に幻のオアシスと呼ばれる場所が存在するのは、ヴェルトワーズの花があるから。この花は透き通っている水がある場所にしか咲かない。春と秋に咲く花だ」


 水流の花。ヴェルトワーズを眺めて私は思います。透き通る水のある場所にしか咲かないのであれば、ナルスリークはこのお花が咲くところに丁度いいかもしれません。ナルスリーク地方は田舎として有名です。産業なども特にありません。ですがその分自給自足が成り立っているのです。全ての植物を大切にし、共存する事で続いてきました。

 それを考えると、ナルスリークにも良い所は沢山あるのですね。

 次はどのようなお花を紹介してくださるのでしょうか?とても楽しみですわ。


「次はヴィルへルリアだ。これはナルスリークのファウルダースに咲いている。そこに住んでいる者に譲ってもらったのだ。別名は『親愛の花』だ。由来はファウルダースに住んでいる者は皆、親愛を大事に生きているから。この花が咲く季節や条件は特にないので、一年中見る事ができる」


 ファウルダースは私も知っています。ナルスリークにある村の一つです。土地はそれなりに広く、人口密度が少ないので、一番農業に向いているところです。


「次はラリュリエだ。ナルスリークのブリクスト村に咲いている。別名は『輝きの花』だ。由来はそのまま、ラリュリエの花弁は輝いているから。この花は夏の比較的涼しい日に咲く」


 輝きの花。このお花が咲いているところは見たことがあります。本当に光り輝いていて、夜になると周りが明るく、時に星が見えない程。ナルスリークは南に位置するので、暑いと思われがちですが、夏でも結構涼しかったりするのです。それでも涼しいということは、相当でしょう。


「次はペリトラールだ。エングルド山地の広域に咲いている。別名『光の花』だ。アルナリーファは知っていると思うがエングルド山地に属する山は木々が存在せず、岩だらけだ。そんな中で育つペリトラールはよく光を受ける。名の由来はそこからきている。この花はそれぞれの季節での最高気温の日に咲く」


 ペリトラールの花弁はとても美しいです。年に4回しか見る事ができないのはとても残念ですが、機会はあるでしょう。


「ここで育てられているナルスリークの花はこの位だな。今日はここまで。流石に疲れただろう?明日、隣のクレイヴィアー地方の花を紹介しよう」


 そんなに疲れていないとは思いましたが、やはりこれだけのお庭を少しでも歩いただけあって疲労が溜まっています。今日はゆっくり休んで、明日に備えましょう。お父様のお気遣いはとても有難いです。


「ではお父様。私はイルナフィウゼ様を客室に送り届けた後、私室に戻ります。それからは考えたい事が御座いますので、昼食はお部屋で一人で食べたいとお母様にお伝えして下さいますか?」


 他の家はどうか分かりませんが、プロシェーロ家ではよっぽどのことがない限り、ご飯は家族全員で食べます。それが無理な場合はお母様に申し出なければなりません。


「あぁ、分かった」

「お願い致します。それではイルナフィウゼ様、客室にご案内致しますので、こちらへどうぞ」

「…分かりました」


 この時私が考えていたのは、絶対に他の方には話せないような内容でした。

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