星の彼方に住む君と 閑話まとめ
月影 時雨
私とお母様
「お母様!お願いがあります!」
と勢い良く私の私室に飛び込んで来たのはアイリーンです。唐突なお願い事は今に始まったことではありませんから、慣れています。
「何でしょう?アイリーン。でも話を聞く前にそのように大声を出すのは貴族として失格ですよ」
「うっ...申し訳ございません、お母様」
アイリーンの良い所は指摘した点をすぐに直す所、ですわね。
「ジュリーブ家の者としての自覚を持った行動をなさい。それで?お願い事とは何でしょう?」
そう言えばアイリーンは青色の瞳をキラキラと輝かせました。
「お願いですお母様!私をナルスリークに連れて行ってくださいませ!」
それを聞いて私は脳内がクエスチョンマークで埋め尽くされました。ナルスリーク?何故?
私が無言である事が不安だったのかアイリーンは必死に言い募りました。
「お母様は夏の盛りを過ぎたら、ナルスリークにお住いのおばあ様...フォンルテール様に会いに行かれるのでしょう?それに私を同行させて欲しいのです!」
あぁ...何処からか私がお母様に会いに行くことを聞きつけたらしいです。
「アイリーン。私がお母様の住んでいるナルスリークに行く事を誰から聞いたのですか?」
「え...?お兄様ですけれど...」
サリーシュア!なんて余計な事を吹き込んでくれるのでしょう!何たってお母様は...
「お母様?やはり駄目ですか?」
決して駄目ではないのです。ですけれど...
お母様は慈愛に満ちていて、とても優しい方です。そう言った理由からヴァネリーラという花の別名の元になっています。
因みに主にヴァネリーラが咲いている所はクライヴィアーです。お母様が住んでいらっしゃるナルスリークとは良いお友達状態で、お母様も小さい頃はよく旅行等に行っていたそうです。その時にヴァネリーラを今世では初めて見つけた人だ、としてお母様の性格から愛情という別名が付けられたのだとか。
先程も言いましたが、お母様はとてもお優しい方です。けれどそれは身内に限ります。誰にでも平等で正当な評価を下します。でも、そこにほんの少しでも私情が入って来れば話は別なのです。
お母様...いえフォンルテール様が会ったこともない孫といきなり対面して、どんな反応を示すのか...私には想像もつきませんし、会おうとするのかさえも怪しいです。
私がそう思うのは、子供の頃...その時はまだ従兄弟だったイルナフィウゼ様と、私が共にナルスリークにあるお母様の館に遊びに言った時の事が原因です。
お母様は、当時ナルスリークのテールであるプロシェーロ家の長男、ヴィルブラン様に見初められました。そしてラフミューレから嫁ぎ、ずっとナルスリークに住んでいます。私は確かにフォンルテール様の娘で、本来ならばナルスリークに留まり、支えて行くべき立場、つまりは次期当主に望まれていました。けれど私は正直ナルスリークの、最早田舎といっても良いほどの土地なんか納めたくありませんでしたし、一族を抜けて自由に飛び回りたいと思っていました。
そんな願いが叶うかもしれないと思ったのは私が12歳の時です。お母様がラフミューレに里帰りすると言ったので、勿論私はついて行きました。この時の私は、『お母様と行動するのが当たり前』だったので、ラフミューレに行く事に疑問なんて持っていませんでした。
初めて見る景色に、とても栄えた町。どこもかしこも素晴らしく、光り輝いていました。ナルスリークとは大違いで、ラフミューレにずっと居たいとまで思ってしまいました。
そして、ジュリーブ家の館に滞在し、私はイルナフィウゼ様に出会いました。イルナフィウゼ様はとても良い方で、ご自慢のお庭を見せてくださったり、よく知りもしない私の為に自ら説明して下さったり...兎に角性格が良かったのです。こんな人に出会って恋に落ちないわけがありませんわ。でも、出会ったばかりで恋情など言っていいはずがないのです。だからラフミューレ滞在中に出来るだけ仲良くなって、ナルスリークについて教えて差し上げました。そうするとイルナフィウゼ様の方からナルスリークに行ってみたいと言い出したのです。
これはチャンスだと思い、私はお母様にお願いしに行きました。
「お母様。お願いがございます。どうか2人だけの時間を作ってくださいませ」
私室で仕事をしていたお母様が顔を上げて言いました。
「あらまぁ...どうしたの?...良いでしょう。アルナリーファと2人で話しますから、私の部屋にいる者は全員出てちょうだい。終わればまた呼びますから待機していて下さいな」
ぞろぞろと側近達が出て行くと、お母様は何があったのか、と優しく問い掛けてくださいました。
「何があったのか、と言うわけではないのですが...今回のラフミューレ滞在中、私はイルナフィウゼ様にとても良くして頂きました。それを少しでもお返ししたいと思ったのです。なので、いつかイルナフィウゼ様をナルスリークに招待して差し上げたいのです。...駄目ですか?」
お母様は静かに首を横に振って、
「別に悪いことではありませんよ。貴女は優しい子ですね、アルナリーファ。流石私の子。従兄弟にまで気を配れるだなんて...良いでしょう。ナルスリークに招待して差し上げなさい。具体的な時間は決まっていないのですか?」
私は密かに安堵しました。何故ならば絶対にナルスリークに招待する!と、イルナフィウゼ様の前で断言したからです。これがもし駄目なんて言われたら、イルナフィウゼ様にどう言う顔をしたら良いのか分かりません。そう言えばいつ来るか、とか具体的には決めていませんでしたね。
「はい。それはまだ...」
「ならば、タフェイユールと一緒にではなく単独で来させれば...」
などとお母様は呟いていました。でもラフミューレからナルスリークは結構距離があったような...
因みにタフェイユール様とはお母様の弟、分かりやすく言うと、イルナフィウゼ様のお父様でラフミューレを統率していた人です。
「お母様。詳しい日程については夕食後でどうでしょうか?イルナフィウゼ様も交えてお話致しましょう。今はラフミューレを去る準備をしなければなりませんもの。そろそろ側近達を入れなければ、夕食の時間になってしまいますわ」
「それもそうですね」
そうしてお母様が承諾した事により、イルナフィウゼ様がナルスリークに来る事は決まりました。
私は早速嬉しい報告と言って彼のもとへ向いました。
イルナフィウゼ様は自分で暇な時は大体中庭で植物を眺めていると仰ったので、そこに向かうといらっしゃいました。
「イルナフィウゼ様。お母様に承諾して頂けました。ですからナルスリークにはいつ行くかと言うイルナフィウゼ様の都合だけですわ」
そう言うと、イルナフィウゼ様は嬉しそうに頬を緩めました。口数が少なくて、最初は戸惑いましたが、性格の問題で家族や友など親しく関わらなければ反応が薄いことに気が付いて、積極的に話しかけるようにした結果、段々と心を開いてくれたのです。とても嬉しいです。
「そうか。ならば...」
と言って、イルナフィウゼ様は一年後の今日、と指定しました。でも日程は私達だけで決めて良いものではないので、お母様に聞くと言っておきました。
イルナフィウゼ様は行きたい所があるらしく、挨拶をするとさっさと行ってしまって少し寂しく思いますが私はお母様に報告に行くことにしました。
「お母様。イルナフィウゼ様の訪問についてなのですが...」
「分かっておりますよ。一年後の今日、でしょう?」
お母様の口からするりと答えが出てきたことにとても驚いて、何故知っているのかを聞いたら、
「イルナフィウゼが此処に来て言ったからですよ。『アルナリーファ様からナルスリークに来ないかと言われ、日程を指定したら、顔が曇ったので、どうかこれに関して反対しないで欲しい』とね」
まぁ!イルナフィウゼ様が素晴らしすぎますわ!私の気持ちを察して下さったなんて。
「それでお母様、許可を下さいますか...?」
「えぇ勿論です。イルナフィウゼにもそう答えておきました」
「ありがとうございます!お母様!」
私はウキウキでお母様のお部屋を出て、イルナフィウゼ様が整えていらっしゃるお庭散策にでも向かおうと思いました。
この時の私は、まさか一年後、お母様とお父様の前であんな事が起こるだなんて、思ってもいませんでした。
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