第十六話 幻術士は巣を壊す

 強固な砦に守られている要塞都市は、中に入ってみると、外見の無骨さからは想像できないほどに、華やかなことに驚かされる。


 意匠を凝らした石造りの建物があちこちに立っていて、それぞれが「私の家が一番美しい」と競っているかのようである。そしてその競争具合が絶妙なため、街全体を見ても、ハイレベルにバランスの取れた綺麗な都市に仕上がっている。


 そんな街の中でも、一個とりわけ目立つ建物がある。


 それが、冒険者ギルドだ。


 ギルドの正面には十六本の大きな柱が並んでおり、まるで神殿のようである。


 冒険者ギルドの運営は、大本を辿ると全て王都に辿り着く。


 しかし、現場レベルで運営するのは、その町に住む人になっている。


 なので、冒険者ギルドというものは、その町の特色を存分に表したものになっていることが多い。


 ここメンビルにおいては、それが建物の壮麗さに現れているということだ。




 今日のクエストでは、ギルド専属の冒険者と一緒に出掛けるということなので、リィルと二人で冒険者ギルドの前で立ち話をしながら待っている。


「ここで、お人形の公演したらお客さんくるかな……?」


「来るんじゃないかな? この街の人は美しいものには目がないって聞くし」


 この街には差別主義者も少なからずいるから、そこが気がかりではあるが、とは言わないでおいた。


 雲一つない晴天の空模様であるこんな日には、暗い話は似合わない。




 しばらくすると、冒険者ギルドの中から女剣士が出てきた。


「やっふー! お待たせしたね、【幻術士】ボーイと【人形師】ガール」


 妙に気の抜けた軽い挨拶が飛んでくる。


 彼女が今日一緒に狩りをする、ギルド専属の冒険者だろう。


「はじめまして。俺が【幻術士】のクロスで、こっちが【人形師】のリィルです」


 リィルは言われてペコリと頭を下げる。


「ご丁寧にどうもね。うちはランクA冒険者で【剣闘士】のリアっていうんだ。どうやらうちは、クロス君とタメらしいし、肩ひじ張らずに適当に行こうね、適当に」


 長い金髪を後ろで結わえながら、ニカッと笑う。


「よろしく、リア」


「あいよ、よろしくー。そいじゃ、早速出発しますかー! お弁当の準備はいいかー!」


 まるでピクニックに行くかのような軽いノリ。


 ランクA冒険者には変わり者が多いらしい。


 強さを得る代わりに、どこかに常識を置いて来た。


 そんな人がランクAには多いと、おっさんが愚痴っているのを酒場で聞いたことがある。


 リアもその口なのかもしれない。




 メンビルを出発し、道中でモンスターに何度か遭遇したが、そのどれをもリアが剣の一振りで片付けてしまった。


「リアって、強いんだなぁ」

「そんなことないってー」


 戦利品の結晶をくるくる回しながら、謙遜するリア。


 リアは美人か美人でないかで言ったら、ものすごく美人だ。


 そのうえ、グラマラスな体系をしているので、こぞって男たちが言い寄って来るに違いない。


 『戦闘職』といえども、どこか、裕福な家庭で落ち着いて暮らすことも出来るだろう。


 それでも、血なまぐさい狩りが主体の冒険者をやっているのは、街を守るという使命感からか、あるいは名誉の為か。戦闘が好きという線も考えられる。


「今日は君達の実力の監視が主な任務ってことだから、えーっと、<双頭の蛇>アンフィスバエナ攻略は手伝わないから気を付けてね。ま、その分道中の雑魚はうちに任せなさいなー!」


 クエストリストを右手に持って眺めながら、左手で自分の胸をドンッと叩くリア。


「頼もしいな」

「まーね。よく言われるー! うちは可愛いとか言われる方が嬉しいけどねー」

「その路線だとかっこいいになっちゃうよな」

「そうそう、困るよねー」

「……リアはさ、可愛くなりたいのか? なら何で冒険者やってるの?」

「へ……?」


 リアの赤い双眸そうぼうが、かすかに揺れる。


「うーん……楽して稼げるから、かな。……それだけ、特に深い理由なんてないよ! そんなことよりも冒険に集中だー!」


 妙に歯切れの悪い返答。


 しかし、それ以上追及するのも品がないなと思い、止めた。




 ◇ ◆ ◇ ◆




 リアに案内されるがままに進んでいくと、そこは火山だった。


 地面のいたるところがひび割れを起こしており、その隙間には真っ赤な溶岩が流れ込んでいる。


「寒い季節にはぴったりの場所でしょ? にゃはは」

「いや、それにしたって熱すぎだよ!」


 焼けつくような熱さで、鼻がピリピリする。


 <双頭の蛇>アンフィスバエナがこんなところに巣をつくっている、なんてのは聞いてなかった。


「……クロス、わたし、もうダメかも」


 リィルが暑さで完全にダウンしている。


「しょうがないな、よっと」


 一息吐いて、リィルの体を背負う。


 ワンピースの生地越しに、彼女のじっとりとした汗が感じられる。


 あまり長くいるとリィルの体調が不安だ。


 さっさと蹴りをつけてしまおう。






<双頭の蛇>アンフィスバエナはね、爬虫族に分類されているけど温血動物だから、この熱にも耐えられるんだって」


 道中、リアがうんちくをひけらかす。


「ふーん、厄介な蛇だな。こんなところに住んでるんじゃ、駆除に来る気にもならない。不人気クエストの理由わけがわかったぜ。……お、あそこに見えるのは<双頭の蛇>アンフィスバエナの卵か?」


 リアの目が、狩りをする時の鋭い目つきに変わる。


「そうみたいだね……それじゃあクロス、お手並み拝見と行こうか。危険だと思ったら、すぐにうちにヘルプを頼むんだぞ!」


「了解、なるべくへまはしないようにするさ。リィル、囮を頼む」


 ゆっくりと膝を曲げて、リィルを背から降ろす。


 リィルは極小戦闘人形ミニパペットを複数取り出して、卵を全部壊すように命令した。


 卵の近くまで極小戦闘人形ミニパペットが行くと、溶岩の中から<双頭の蛇>アンフィスバエナがぬっと顔を出してきた。


 巨大な蛇は、舌を出したり引いたりして、その割れた舌先がチョロチョロ見え隠れしている。


<双頭の蛇>アンフィスバエナは毒も持っているから、不用意に近づかないようにね」


「了解! それでは早速召喚するぜ。リア、しっかり見ててくれよな」


 結晶を両手いっぱいに持って、レッサードラゴンやサイクロプス等、持てる最大戦力を召喚した。


<双頭の蛇>アンフィスバエナ! 動くな!」


 【モンスター操作】をしっかりと使い、その後で召喚がドカバキと殴り掛かる。


「ほぅ、クロスは言霊も使えるんだ。すごいねー」


 リアは何度もうんうんと頷き、しきりに感心している。


 幻獣が<双頭の蛇>アンフィスバエナを攻撃する一方で、極小戦闘人形ミニパペットが卵を破壊する。


 このまま無事に討伐が終わるかと思ったその時、



 ――シャーーッ!



 背後の溶岩から、<双頭の蛇>アンフィスバエナの後ろ側の頭がヌルっと出てきた。


 【モンスター操作】の効き目が切れたのか――――まずいっ!!


 リィルを抱え込んで伏せる俺。





「ハアァァァッ!」


 ――シャキィィン


 リアの雄たけびと共に、横薙ぎの一振り。


 <双頭の蛇>アンフィスバエナの後ろ頭は、空中に飛び散り、消滅。


 そして、<双頭の蛇>アンフィスバエナは結晶に変わった。



「ふふん。うちの力はやっぱり必要だったみたいだねー」


 リアは<双頭の蛇>アンフィスバエナの結晶を拾うと、恐怖で硬直している俺の頬に、結晶を当ててきた。


「――――熱っ!」


「にゃははっ! 一番活躍したのは君だから、この結晶はあげるよ。君の強さも良く知れたし、楽しかったよ」


「うっ、一番のピンチを救ってくれたってのに、寛大っすね」


「ふーん、それじゃあ、これは貸しにしておこうかなー。クロスもリィルも、面白い人材だから手放すには惜しいし」


「はい、この借りはいつか返します」


「ほらっ、肩ひじ張らないでって最初に言ったでしょ? うちらはもう戦友なんだしー」


「ははっ、そう言ってくれると助かるよ。ありがとうリア」


 リアに手を引いてもらい、立ち上がるリィルと俺。


「……熱い」


 リィルは目をバッテンにしてフラフラしている。


「リィルもよく頑張ったな。街に戻ったら、お風呂に入ってリフレッシュしよう」


 再びリィルをおぶって、リアと並んで歩きながら、メンビルへと帰ったのであった。

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