第十四話 鞭使いは悪夢のような現実(いま)を見る
「うおおぉぉぉぉぉ!」
――バチィィン!
音速の鞭がクリスタル・スコーピオンの頭を砕く。
その一撃が致命打となり、クリスタル・スコーピオンは結晶になった。
「はぁはぁ……ちくしょう! ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!!」
鬼の形相で怒りをぶちまけるアザゼル。
彼はクリスタル・スコーピオンの拘束から抜け出す際に、左腕を失ってしまった。
ヘリオスとメイベルもゴブリンに散々嬲られ、犯された。
二人の顔からは、生気が抜けてしまっている。
満身創痍のパーティーを見つめ、アザゼルは思う。
(必ず……必ず報復してやる。あの薄汚い【幻術士】を、血祭りにあげてやる……!)
ぎりりと歯を食いしばり、残った右腕で鞭を振るい、ヘリオスとメイベルに叩きつける。
これはアザゼル流の八つ当たりだ。
「兄貴!? 一体何を!? 落ち着くでやんす!」
「…………やめて」
ふんっと鼻を鳴らし、今度は怒鳴り散らす。
「お前ら、いつまでもへこたれてんじゃねぇ! さっさとこの洞窟を出て、あのイレギュラーを追いかけるぞ!」
アザゼルは苛立たし気にドスドスと音を立てながら、出口へと一人で行ってしまう。
それを見た二人は、ようやく立ち上がり、すごすごと後を追う。
その後、出口を塞がれていることに気付き、アザゼル一行は再び絶望の淵に追い込まれるのであった。
◇ ◆ ◇ ◆
「――クロス!」
ノルンベルクの宿に戻ると、リィルが駆け足でやってきて出迎えてくれた。
「ただいま、リィル。やっと終わったよ。――っと」
バタッ。
急に腰が抜けて、膝から崩れ落ちてしまった。
リィルの顔を見て安心し、緊張の糸がぷつりと切れたのだろう。
「……大丈夫?」
肩を持つようにして、横から支えてくれるリィル。
「わるい、なんだか疲れちゃったみたいだ。まだ日は落ちてないけど、ひと眠りさせてもらうよ」
「うん、わかった。お部屋まで連れて行ってあげる」
リィルはそう言ってから、俺の脇の下に手を入れて持ち上げ、立たせてくれた。
「ありがとな、リィル。それじゃ、部屋まで案内頼むよ」
「……うん」
一人で歩けないほどに疲れているわけではない。
だけど、何故だか無性にリィルに甘えたい気分だったので、そのまま寝室まで連れて行ってもらった。
ベッドに入ってからは、自分でも驚くほどに一瞬で眠った。
次に目が覚めたときには、夜の一時になっていた。
――ワオーン
窓の外から、サーベルウルフの遠吠えが鳴り響く。
それと同時に、俺の腹がぐぅと音を立てて鳴った。
夕食を食べていなかったので、小腹が空いたみたいだ。
今朝出かける前に買っておいた、パンを食べようと起き上がると、
「……むにゃ」
可愛らしい寝言が聞こえた。
横を見ると、リィルが俺のベッドのすぐ近くで、座りながら眠っていた。
俺の体調を気遣って、ずっと横で見ていてくれたのだろう。
「……心配ばかりかけてごめんな」
リィルをお姫様抱っこで持ち上げ、隣のベッドに寝かせて布団をかけてあげた。
「スゥ……スゥ……」
リィルの穏やかな寝顔を見て、明日はこの町を早く出ようと思った。
ここに長く滞在すると、洞窟から出てきたアザゼル達と遭遇する恐れがある。
そうなると、今度は血みどろの争いが起こるだろう。
リィルにそんなものは見てほしくない。
俺の復讐は終わった。
だからこの町にいるのも、もう終わりなんだ。
そんな事を考えながら、夜を過ごした。
◇ ◆ ◇ ◆
翌日。
木漏れ日が照らす中、リィルと二人で、森の中の小道を歩いている。
地面に敷かれた石畳の上を、けんけんしながら進むリィル、を微笑ましく見守る俺。
はたから見たら、仲の良い兄妹のように見えるだろう。
「リィル。次の町は遠いから、あまりはしゃぎすぎるなよ」
「……うん、大丈夫。まだ体力ある」
リィルが飛び跳ねるたびに、肩からぶら下げた大きな鞄が、バタバタと音を立てる。
こんな元気なリィルは、出会った頃には想像もできなかった。
これからの旅で、もっと色んなリィルを知っていけるのだろう。
それが今から楽しみだ。
「おーい、リィル。待ってくれよ!」
一人で先に行ってしまったリィルを慌てて、追いかける。
――ちゅんちゅん
森の小鳥たちが、祝福してくれている。
今まで暗かった分、きっと俺達の未来は――明るい。
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