第十三話 幻術士は復讐するⅠ

 地上に戻ってから一週間。


 その間に、拠点をアスカムから、隣町のノルンベルクに変えた。


 そして今は、ノルンベルクの酒場で、アザゼル達の行方を追っているところである。


「あー、そういえば昨日の夜に、【鞭使い】と【採掘師】がモンスターの情報を求めてここに来てたよ」


 朝っぱらから飲んでいるおじさんが、訳知り顔で言う。


「――本当ですか!? そのことについて詳しく教えてください!」


 ここにきてようやく出てきた目撃情報に、俺は色めき立つ。


「僕はその二人に、東の洞窟に行くといいと教えたよ。そこに生息するクリスタル・スコーピオンは強敵で、冒険者ギルドも手を焼いているようだからね。多分彼らは、今頃洞窟に行ってるんじゃないかな」


「東の洞窟ですか! 情報ありがとうございます!」


 おじさんに礼を言って、心の中でガッツポーズを決める。


「……クロス、また怖い顔になってる」


 おっといけない。


 あの二人に復讐が出来ると思うと、つい笑いが込み上げてしまった。


「怖がらせちゃってごめんな。……でも、どうしても借りを返したいんだ」


「……上手く見返せるといいね」


 少し寂しそうな表情で、リィルは応える。




 人形の町から地上に降りてきたその日、リィルには俺の野望を包み隠さずに話した。


 正直、復讐のことについては、最後まで言うべきか迷ってはいた。


 俺の闇の部分をさらけ出すことで、リィルに嫌われてしまうかもしれなかったから。


 でも、それは杞憂きゆうだった。


 話を聞いたリィルは、復讐に賛成こそしなかったものの、理解を示してくれた。


 その時、「わたしはクロスを信じるよ」と言ってくれたのは、本当に嬉しかった。





「リィル、俺は東の洞窟に行くけど、リィルは町で待っててくれるか?」


「うん。わかった。……気を付けてね」


 不安そうな顔で見送りをするリィルに手を振って、町を出発した。




 ◇ ◆ ◇ ◆




 半刻程東に歩くと、おどろおどろしい森の中に、大きな洞窟の入り口が見えた。


 これからアザゼル達と相まみえるのだと思うと、少し緊張する。


 すぅーっと息を整えてから、中に入った。




 洞窟の中は、所々に割れた岩壁の隙間から光が差し込み、幻想的な雰囲気が醸し出されていた。


 砂をじゃりじゃりと踏みながら、洞窟の奥へと進む。


 しばらく歩いた頃に、洞窟の壁に反響した声が聞こえてきた。


『おい、ヘリオス! 死ぬ気で獲物をそっちの壁に誘い出せ!』


 少ししゃがれた低い声。


 忘れもしない、アザゼルの声だ。


『もう、この洞窟じめじめしてて嫌っ!』


 女の声もする。


 俺と入れ替わりで入った、メイベルとかいう奴だろう。



 アザゼル達に気付かれないように、そーっと声のする方に向かう。


 少し歩いたところで、奴らの姿が見えた。


 人間大のサイズで輝くさそり、クリスタル・スコーピオンと交戦中のようだ。


 これから奴らにお仕置きをするわけだが、下準備として、アザゼルのステータスを確認しておこう。



 種族:ヒューマン

 名前:アザゼル

 性別:男

 年齢:35歳

 職業:鞭使い

 レベル:58

 HP:6950

 MP:5714

 攻撃:7312

 防御:5123

 魔力:6497

 敏捷:6548



 ……アザゼルのステータス自慢は聞き流していたから、ここまで強いとは知らなかった。


 奴がいつも自信満々だったのは、このステータスからくるものだったのだろうか?


 真っ向勝負で完膚なきまでに叩きのめそうと思っていたが、それだとちょっと危険そうだ。


 ここは少し作戦を変えよう。



「アザゼルさん、ヘリオスさん。お久しぶりです!」


 アザゼル達は声に反応し、戦闘を中断して俺の方を振り返る。


「……誰かと思えばイレギュラーじゃねぇか。だがお前に構ってる暇はねぇんだよ。今は狩りの最中だ。邪魔すんじゃねぇ、殺すぞ」


 冷ややかな視線を向けられた俺は、少しひるんでしまう。


(……怖がるな俺。今の俺は奴に一歩も劣っていない)


 自分にそう言い聞かせ、勇気を振り絞って言葉を続ける。


「みたところ、クリスタル・スコーピオンに苦戦してるみたいですね。前みたいに俺が囮をやりますよ!」


 アザゼルは俺の言葉に一瞬面食らった後、答える。


「……ほう、この大物相手に囮をやると自分で言ったな? いいだろう、お前の度胸に免じて、その大役務めさせてやるよ」


 アザゼルとヘリオスは、クリスタル・スコーピオンから距離を取った。


 そして、俺を睨みつけながら、クリスタル・スコーピオンに指をさして、早く行けと合図する。


「……立派に囮役を果たして見せますよ!」


 殊勝な態度を続け、俺がいまだに従順であると思い込ませる。


 クリスタル・スコーピオンに近づいた後、アザゼル達には聞こえないくらいの小さな声で、命令する。


「クリスタル・スコーピオン。――俺と、共闘しろ!」


 【モンスター操作】により、クリスタル・スコーピオンの目の色が変わった。


 俺に対しては、完全に敵意がなくなっているのが分かる。


 クリスタル・スコーピオンが前に突き出している、大きなハサミをそっと撫でる。


「――っ!? 見てくださいアザゼルさん! クリスタル・スコーピオンが大人しくなりましたよ! 今が攻撃のチャンスです! 頭に鞭を叩きこんでやりましょう!」


 大袈裟に驚く演技をする。


 この後の事を思うと、笑ってしまいそうになるが、笑ってはいけない。まだ堪えろ。


「どういうことだ、イレギュラー!? ……くそっ、よくわかんねぇが、チャンスなのは確かみたいだな」


 アザゼルはチャンスを逃すまいとして、クリスタル・スコーピオンに一直線に近づいてくる。



 ――ガシィィィ!



 クリスタル・スコーピオンのハサミが、油断していたアザゼルの体を挟み込む。


「――なにっ!? 何で俺には攻撃してきやがるっ。ぐおぉぉぉっ」


「アザゼルの兄貴!? イレギュラー、お前、何をしやがった!」


 苦悶の声をあげるアザゼルと、それを見て狼狽するヘリオス。


 俺は、くくっと笑いながら、


「あんたたち、頭がお花畑ですね。――――俺があんたらのために囮になるわけ、ないだろうが」


 捨てられたときに言われた言葉をもじって、言い返してやった。


 爽快な気分だ。


「――イレギュラー、てめぇ! ぐっ、ちくしょう! この蠍を殺した後に、お前も殺す!!」


 血管が切れるんじゃないかというくらいに顔を真っ赤にして、アザゼルが叫ぶ。


「それと今日はプレゼントを用意してきたんですよ。受け取ってください、ヘリオスさん……となんだっけそこの女、あぁ、メイベルとかいう人」


 結晶に魔力を通し、ゴブリンを二体召喚する。


 そして、ヘリオスとメイベルに襲い掛かるように命令した。


「幻術を出してどうするつもりでやんすか!? ――うひぃっ!?」


 ゴブリンに殴られたヘリオスは、情けない声を出した。


「俺は強くなった。幻術を【実体化】できるようになったのさ」


「許して欲しいでやんすっ、謝るから!」


「わたしが何をしたっていうのよ!? きゃぁっ!?」


 恐怖でおののく二人の顔が見れて、満足する。


「それじゃ、俺はこの辺で。じゃあな」


「待ちやがれちくしょう、この臆病者が! ……ぐあぁ、いてえぇぇ」


 アザゼルの捨て台詞を聞きながら、悠々とその場を立ち去った。








「ふぅ……」


 洞窟の入り口まで着くと、ほっと一息つく。



 これで大方俺の復讐は終わったが、まだ足りない。


 あいつらの戦力なら、おそらく死ぬことはない。


 ぎりぎりの戦いになるだろうが、モンスターを倒して町に戻って行くことだろう。



 ……もっと苦労してもらわなければ困る。


 俺の受けた苦痛は、あれよりもずっと酷かったのだから。



 ――バチバチ


「グロロロォォ!」


 空気の擦れる音と同時に、モンスターの咆哮。


 サイクロプスを召喚したのだ。


 そして俺は、サイクロプスに洞窟の天井を叩き壊すように命じた。



 ――ドゴォォォォン



 サイクロプスの棍棒での強烈な一打で、洞窟の入り口は完全に塞がれた。


 命からがら戻ってきたところで、洞窟を出られずに、絶望するという寸法だ。


 もっとも、ヘリオスは【採掘師】なので、時間をかければ脱出はできるだろう。


 俺も殺す気まではないので、そのくらいで丁度いい。



 アザゼル達が悲嘆にくれる様を想像して、ニヤニヤしながらノルンベルクの町へと帰ったのであった。




―――――――――――――――――――――――――

※後書き


今回のクリスタル・スコーピオンのステータスです。


 種族:モンスター

 名前:クリスタル・スコーピオン

 性別:♀

 レベル:48

 HP:4287

 MP:1544

 攻撃:3791

 防御:8210

 魔力:3863

 敏捷:6318

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