第十二話 幻術士は夢を見る

「スゥ……スゥ……」


 規則的なリズムで、静かに寝息を立てるリィル。


 そのわずか数センチの距離で寝ている俺。


(……これで眠るのって無理があるだろ)


 俺だって年頃の男の子である。


 可愛い女の子、ましてや気心の知れたリィルが横で寝ているとなると、緊張してしまうのは当然だ。


「むにゃ……」


 リィルはゴロンと寝返りを打ち、その穏やかな寝顔が俺の方に向けられる。


 美しいサラサラの髪。


 人形のように整った綺麗な顔。


 ぷるっとしたみずみずしい唇。


 窓から差し込む月明かりに照らし出される、彼女の全てが魅力的に映る。


 ――ドクンっ、ドクンっ


 心臓が強く脈打つ。


 きっと今、俺の顔は茹蛸ゆでだこのように赤くなっているのだろう。


 一体全体どうしてこうなったのか。




 ――さかのぼる事、一時間前。


「君たちが、今日泊まっていく子ね」


「お世話になります」

「……よろしくおねがいします」


 リィルと二人で軽くおじぎをする。


 この空に浮かぶ島に、冒険者や観光客が流れ着くことなんて、通常はない。


 なので、泊めることを生業なりわいとする宿というものは存在せず、カプリオが紹介してくれたのは、普通のご家庭の客間だった。


「わざわざ地上から旅をしてきたなんて、疲れたでしょう? 私たちには気兼ねせずに、ゆっくりと休んでいってね」


 家主の若いエルフの奥さんは、それだけ言って客間のドアを閉める。


 寝床を用意してくれただけありがたい話ではあるが、お世辞にも広いとは言えない部屋。


 そして、真ん中に置かれているのは、セミダブルのベッドが一つ。


「なぁ、これって……」


 思わずごくりと唾を飲み込んでしまう。


「クロス……一緒に寝る?」


 無垢な少女は、さも当然かのようにそのことを受け入れる。


「いやいやいや、まずいだろ!」


「……なんで? ……あっ」


 ようやく俺の言っている意味に気付いたようで、少し顔を赤らめるリィル。


「…………エッチ……変態」


 久しぶりのリィルの辛辣な言葉。


 ベッドが一つなのは俺のせいじゃないのに、何か悪いことをしたような気になってしまう。


「安心しろ、リィル。俺が床で寝るから」


「……お布団一つしかないから、風邪ひいちゃうよ」


「とは言ってもなぁ……」


 その後、一緒に寝る寝ないの押し問答になり、結局俺が折れて、二人でベッドに入ることになったのだ。





「……クロス。いかないで」


「――っ!?」


 眠っているはずのリィルが、突然呟いた。


「起きているのか、リィル? 俺はここにいるぞ」


 リィルの返事はない。どうやら寝言だったようだ。


 夢にまで俺が出てきているということなんだろうか?


 そう思うと、なんだか嬉しくなってしまう。


「俺はいかないぞ。リィル、お前さえよければ、これからもずっと一緒だ」


 眠っているリィルの頭を、そっと撫でてやる。


「……ん」


 艶っぽい声を出してから、再び規則正しい寝息を立て始める。


 幸せそうに眠っているその顔を見ると、なんだか安心して、俺も心地よく眠りに落ちることが出来たのであった。




 ◇ ◆ ◇ ◆




 翌朝、空から地上へと戻る際に、カプリオとヒュンメルが見送りに来てくれた。


「よぉ、お二人さん。ゆうべはお楽しみだったな」


 がははと、下品に笑うカプリオ。


 もしかしてベッドが一つしかなかったのは、カプリオの余計な計らいだったのだろうか?


「……特に何もありませんでしたよ。俺たちは健全な関係ですから」


「おっ、なんだ。つまらねぇ」


 巨大人形は、痒くなるはずもない頭を掻きながら、


「そうだよなぁ、お嬢ちゃん。度胸のない相方を持つと、苦労するよな」


「……クロスはとっても優しくて、頼りになるよ?」


 カプリオの意味することを取り違えて、返事をするリィル。


「――ゴホンッ。カプリオ様、御戯れはその辺りにしておきましょう」


 ヒュンメルが、わざとらしく咳ばらいをし、カプリオをいさめる。


「ヒュンメル。おめぇはちょっと堅すぎるんだよ。もっと女遊びをしたほうが、人生楽しいぞ?」


「そういうカプリオ様が、緩すぎるのです。私はこれでも十分楽しんでいますから」


 やれやれと言った様子で、ため息をつくヒュンメル。


「がははっ。それならいいがな。……クロス、リィル、お前さんたちも差別に負けずに、楽しんで生きるんだぞ」


「勿論です!」

「……うん」


 カプリオは大きな両手を回して、俺達に軽くハグをした。


「それではカプリオさん、ヒュンメルさん。お世話になりました!」


 グリフォンを召喚し、その背にリィルと俺で跨る。


「おう、お前さんたちとは、またいつか必ず会うことになる。その時までには、もっと成長して来いよ!」


「はい!」


 大きな返事をしてから、二人が見えなくなるまで、さよならと手を振った。







「……優しい、町だったね」


 グリフォンで地上へと降りる間、名残を惜しむように、リィルが耳元でささやく。


「そうだな。優しい町だった。俺はいつか、エルタリア大陸全土を、あんな風な差別のない世界に変えて見せる。夢みたいな話だけど、俺は本気さ。……リィルもついて来てくれるか?」


「……うん。クロスの夢は、わたしの夢だから」


 そう言って照れくさそうに、控えめに笑う。


 リィルは以前、俺の事を希望だと言ってくれた。


 【幻術士】として蔑まれてきた俺は、その時初めて人に頼って貰えることの喜びを知ったんだ。


 その期待に応えるために、リィルの笑顔を見るために、きっとこれからはどんな困難な道だって進んでいける。


 俺はもう、一人じゃない。

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