第十一話 幻術士は宴で遊ぶ

 灰色の冬の寒空の中、凍えに負けじとばかりに、太鼓を叩くエルフの男たち。


 一方この宴の主役のリィルと俺は、焚火の周りでぬくぬくと過ごしていた。


「しんにゅーしゃ、またさっきのみせてー」

「しんにゅーしゃのフワフワまた見たい」


 ぞろぞろとエルフの子供たちが集まってくる。


「おい、エルフの子らよ。俺をしんにゅーしゃと呼ぶのはやめなさい」


 といいつつも、【幻術士】としての血が騒いでしまう。


 リクエストのあったケ・セランパサランの幻像を、大量に映し出してやった。


 空中に浮かぶ白い毛玉の群れは、まるで雪のようだ。


「うわーすごーい! でもこれなんでさわれないのー?」


 子供たちはケ・セランパサランをかき集めようと必死になっている。


 しかしそれは幻像なので、子供たちの手は虚しく宙を撫でてしまう。


「触れないのは幻術だから」


「げんじゅちゅー? よくわかんない、さわりたい!」

「しんにゅーしゃ! フワフワにさわらせろ!」

「さわりたーい、さわりたーい」


 こうなってしまった子供を止める、上手いやり方を俺は知らない。


 なので、しかたなく、


「一個だけ触れるようにしてやる」


 残りのMPが不安ではあるが、一回くらいなら使えるだろう。


 幻像に魔力を通すと、いつも通りに空気が擦れる音がして、ケ・セランパサランが【実体化】する。


 それを手に取り、子供たちに渡した。


「ほれっ、こいつは触れるぞ。喧嘩しないで仲良く順番に回すんだぞ」


「うわぁ、なんか変な感触!?」

「わたちもさわりたーい」

「そのつぎぼく!」


 子供たちの興味は、俺からケ・セランパサランに移ったようだ。


「リィルもあの輪に入っていいんだぞ?」


「……わたし、そんなに子供じゃない」


 口を尖らせてムスッとするリィル。


「悪い悪い、そういうつもりで言ったんじゃないよ。リィル、子供好きだろ?」


「……まぁ」


「なら人形のダンスとか見せてやったりして、遊んでやってくれよ。しんにゅーしゃのイメージ向上のためにさ」


「ぷっ……なにそれ」


 口元に手を当てて小さく笑った。


「……わかった。子供たちと遊んでくる」


 リィルは人形を持って立ち上がり、子供たちのところに行った。


 子供たちはそれに気付くと「女のしんにゅーしゃが来た!」とあっという間に取り囲む。


 リィルはタジタジしているが、人形の芸を見せる頃には、子供たちの心を掴むことが出来るだろう。



「クロス、楽しくやってるか?」


 ヒュンメルだ。


 漆黒の髪を揺らしながら、俺の隣にやってきた。


「おかげさまで、楽しくやれてますよ」


「そうか……。それは良かった」


 それだけ言うと、黙ってしまう。


 ヒュンメルという男の口数は少ない。


 多分これは俺を警戒してというよりは、彼の性格によるものだろう。


「それにしてもこの島、凄いですよね。空飛んでるんですもん」


 万物は下に向けて落ちる、というのが常である。


 それに逆らって宙に浮き続けるこの島の仕組みは、気になっていたところだ。


「私もよくは知らないのだが、この島には魔力の込められた大きな黒水晶が入ってるらしい。それが浮力を生み出しているのだとか」


「へぇ……」


 黒水晶は魔力を蓄積する性質がある。


 なので、それに【魔法師】が浮遊系の魔法を大量に浴びせたということであれば、納得のできる話ではある。


 といっても、これだけの規模の島を、長きにわたって浮かし続けるほどの魔力は想像もできないが。


「では、私は島の警備に行くので、この辺で」


「はい、頑張ってください」


 宴の最中でも警備を怠らない、仕事人の鏡である。



 ――ぐぅぅぅ


 ヒュンメルと別れた後、お腹がせつなく音を立てる。


 子供の相手ばかりしていたから、飯を食べるのを忘れていた。


 用意された飯がなくならないうちに、食べておこう。




 ◇ ◆ ◇ ◆




 宴の熱も冷め、人がまばらになった頃。


 一人で酒をグビグビやっていると、カプリオに声をかけられた。


「よぉ、主役が隅っこで何してんだ。ちょっと隣いいか?」


「どうぞ」


 ドスッとカプリオが横に座る。巨体の圧が凄い。


「なぁ【幻術士】、いや、クロスよ。……俺達が反乱を起こした理由わけ、知ってるか?」


 カプリオは厳粛な態度で問う。


 さっきまで宴でバカ騒ぎしていた者とは思えない、急な変わりようである。


理由わけってそれは……差別に耐えかねての反乱でしたよね? ハーフエルフの地位向上を求めてとかなんじゃないですか?」


「……それだと、50点ってとこだな」


 半分の理由は違うということか。


「お前さん、地上では冒険者をやってるんだってな。それなら疑問に思ったことはないか?」


「……何をです?」


「冒険者ギルドが集めた、モンスターの結晶の行方だよ」


「結晶の行方ですか……」


 今まで特に深く考えたことはなかった。


 幻術士にとっては、幻像を映し出せる道具ではあるけれど、他の職業にとっては無用の長物だ。


 だから、回収した後に処分でもしているのだろうと思っていたのだが。


「モンスターの結晶にはな、モンスターを生み出す程の魔力が詰めこまれているんだ。普通はその魔力を取り出したりすることはできねぇが、一流の【魔法師】ならできるんだ。――何を隠そう、この島に埋め込まれた黒水晶の魔力は、【魔法師】が結晶から取り出したものなんだ。すげぇ力だろ? そんなものを王国は、冒険者ギルドを通して大量に集めている。これが意味することは一つしかねぇ」


 カプリオの話には、何故かきつけられてしまう。きっとこれが、反乱軍を率いるほどのカリスマなんだろう。


 カプリオは両手をグッと握りながら、言葉の続きをゆっくりと喋る。



「やつらが狙ってるのはな――――世界の、破壊だよ」



 巨大人形は口の端を吊り上げ、にやりと笑う。


「世界の破壊!? ……そんな馬鹿な」


 世界を破壊して何になるというのだ。


 そんなことをしたら、王国は崩壊してしまう。


 王国を支配するような連中が、その権利をみすみす手放すとは思えない。


「まあいきなり、はいそうですかと信じられる話じゃねぇよな」


「……すみません」


 がっはっはっと、大笑いをして天を仰ぐカプリオ。


「それでいい、そういうやつのほうが、俺も信頼できる。クロス――お前、ランクA冒険者になれ。そうしたら俺の話が、また聞きたくなるはずだ」


「ランクA冒険者……」


 俺の旅の目的は、差別者に復讐し、『イレギュラー』を守る事。


 その目的の為には、ランクA冒険者になって王都へのコネを作り、その情報網を得ることが必要だと、感じてはいた。


「ええ、もとよりそのつもりでした。今はランクEですけどね」


「そうか、それじゃあちと時間はかかるかもしれんが、頑張れよ」


 人形は大きな手で俺の背中を遠慮なくバンバンと叩いてくる。


 だが、痛くない。


 体が芯から冷えて、感覚が麻痺しているのだろう。


「体も冷えてきたんで、そろそろリィルと宿に戻ります」


「おぅ、そうか。ゆっくり休めよ」


 リィルの周りには、子供たちと、その親とみられるエルフが大勢たむろしている。


 人形の踊りや、楽器隊で、子供たちをとりこにしたのだろう。


「おーい! リィル、そろそろ帰るぞ!」


 リィルを呼びつけると、彼女は観客のエルフ達にぺこりとお辞儀をしてから、俺の方にトテテと走ってくる。


 そして俺達は二人で並んで歩き、宿へと向かったのだった。

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