第五話 幻術士は野宿する

 満天の星の下、き火を囲う男女が一組。


「お星さま、綺麗……」


 リィルは、はぁっと白い息を吐きながら空を見上げている。


 安堵の表情を浮かべている彼女を見て、俺も安心する。


 オークションに出されているときの彼女の表情は、常に険しかった。


 今になってようやく見せてくれた、柔らかい顔立ちが、彼女本来のものであるように思う。


「リィル、あのさ。何かしたい事とかある?」


「……したいこと? お風呂、入りたい」


「すまん、そいつは無理だ。明日狩りをして稼ぐから、それまで待ってくれ」


「わかった」


「…………」


 少しの間、気まずい沈黙。


「そうじゃなくてさ、両親を探したいとか、そういう大きな目標みたいなの、ないの?」


「……お父さんも、お母さんも、死んだ」


 しまったと思った。


 奴隷に落とされたのなら、まず一番にそういうことが考えられる。


 デリカシーがなかったと反省する。


「わるい、嫌な事思い出させちまったな」


「いいの。もう終わったことだから」


 リィルは遠くを見つめている。


 その視線の先には、何が映っているのだろうか。


「わたしは、奴隷。やりたいことなんて、すべて捨ててきたから」


 無機質な表情で彼女は言う。


 彼女には思春期特有の、儚さがある。


 しかし、それと同時に達観した僧のような、妙に大人びた雰囲気もある。


 きっと、このゆがみは、今までの理不尽な奴隷生活でつちかわれてしまったのだろう。


「あのさ、リィルはもう、奴隷じゃないよ」


「……わたしはクロスに買われたはず」


「俺が銀貨で買ったのはリィルじゃない、リィルの自由だ」


 リィルは視線を真っ直ぐに俺に向ける。


「……わたしの……自由?」


「そう、自由だ。これからはリィルのしたいように生きればいい」


 リィルはキョトンとして、


「クロスはなんで、わたしにそこまでしてくれるの?」


「うーん、何でだろうな? 『イレギュラー』を救うのが俺の目的っていうのもあるけど……一番はリィルが助けを求めていたから……かな。ほっとけなかったんだよ」


「……それだけ? ……本当はわたしの体が目当てとかじゃない?」


 ブッとつい、噴き出してしまった。


 オークション会場で着ていたあの卑猥な服を思い出す。


 今となりにいる少女が、薄布一枚の下にあれを着ていると思うと、変な気分になってしまう。


「……おいおい、俺をあのゴロツキと一緒にするなよ」


「耳真っ赤。説得力なし」


「ぐっ……! この話はもうおしまいだ。寝るぞ! 明日は早いんだ」


 ぐでんと横になる。


 リィルは「エッチ」「変態」と耳元でぼそぼそののしってくるが、無視を決め込んだ。


 しばらくして飽きたのか、リィルも横になった。


 静寂が辺りを包み込む。


 こんな星の夜は、色々な事を考えてしまう。


 生まれの事、職業の事、前のパーティーの事、そして――今日の事。


 俺のした事は、正しかったのだろうか。


 きっとまた明日には、リィルと同じような境遇の子がオークションで売りに出されるのだろう。


 この町だけじゃない、よその町でも、よその国でも、世界中で。


 そんな子たちを全て救ってやることはできない。


 救うには、社会の構造に穴をあけるような、何か革新的な事をしなければならない。


 それは、途方もないことだ。


 だが、俺の力なら出来るはず。


 その手段を探すために、俺は旅を続けるんだ。




 ◇ ◆ ◇ ◆




「おめでとう、君たちを冒険者ランクEと認定するよ」


 冒険者ギルドの受付の男は、低い声で俺達を祝福した。



 今朝出掛ける前に、リィルは宣言した。


 「クロスと一緒に冒険したい」と。


 それは、彼女なりに考えた結果なんだろう。


 狭量なこの世の中では、【人形師】である彼女に自由が与えられたところで、選択肢は多くない。


 その中で、力を持つ俺についてくるというのは、合理的な選択だと思う。


 だから反対はしなかった。



 そして、パーティーの冒険者登録申請をしに、アスカムの冒険者ギルドに来たのだが。



 まさかランクEになるとは思わなかった。


 エンシェント・ミニドラゴンの討伐が評価されたのだろうか?


「ランクEですか……。冒険者ランクが上がると、何かいいことがあるんですか?」


「社会的信用が上がるし、ランクにあったクエストが受けられるようになるよ」


「へぇ……。クエストですか。どんなものがあるのか見せてください」


 ランクEのクエスト表を見せてもらった。



 【雑草狩り】:銅貨10枚

 【屋敷の警備】:銅貨30枚

 【町の見回り】:銅貨30枚



「これだけ……?」


「君たちはEランクだし、職業も【幻術士】と【人形師】だろ? 紹介できる案件も限られるよ」


 ここでも職業がネックになってくるのか。


 モンスター討伐で稼げるから、問題ないと言えば問題ないのではあるが。


「あの……。仮に俺がランクAだったとしたら、どんなものが受けられますかね」


 受付の男はふっと鼻で笑った。


「あのね、『イレギュラー』だけのパーティーでランクAってのはちょっと考えられないよ。どう頑張っても君たちはランクDがいいとこなんじゃないかな。ランクAになると王都からの依頼もあるし、場合によっては王都への招集もある。なによりも強さが大事だよ」


「そうですか、ありがとうございました」


 軽く礼だけ言って、冒険者ギルドを後にした。




 ランクを上げると、最終的には王都へのコネクションが出来る。


 それはもしかしたら、『イレギュラー』を守ることや、差別主義者に復讐することに役立つかもしれない。


 王都の情報網を使えば、アザゼルやヘリオスの居場所を突き止めることも容易だろうし。


「クロス、なんか怖い顔してる……」


 いわれてはっと気が付いて、表情を緩める。


「ちょっと考え事をしていてな。……なあリィル? これから俺といると大変なことがあるかもしれないけど、それでもついてきてくれるか?」


「クロスはわたしに自由をくれると言った。……今のわたしの自由は、クロスについていくこと」


「そうか、それなら止めはしないよ」


「……わたしね、クロスの幻術に、希望を見たの」


 リィルは小さな声で、でもはっきりと言った。


「――希望?」


「そう、希望。あの怖いゴロツキを倒しているクロスを見て、『イレギュラー』でも輝けるのかもって、思ったの」


「そいつはどうだろうな。俺が特別強いだけかもしれないぜ?」


 リィルは苦笑いをしてから、話を続ける。


「うん、多分そうだと思う。でも可能性があるというだけでも、わたしには希望になるの」


「そっか。それじゃあ俺は、ずっとお前の希望でいられるように、もっと強くならなきゃいけないな」


「――ふふっ、そうしてくれると、嬉しいな」


 今度はふわっとした微笑みを見せてくれた。


 これが俺の見た初めてのリィルの笑顔。


 俺はこの笑顔をずっと守ってあげようと、誓ったのだった。

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