第四話 幻術士は奴隷を買う

 それから一週間、狩りを続けた。


 その結果、ニブルの町周辺では最強となるモンスター。


 エンシェント・ミニドラゴンの結晶を三個手に入れることが出来た。


 そのうちの一つを当面の資金とするために、換金しようと思う。



 冒険者ギルドにいくと、いつもの受付の女が立っていた。


「……あんた、今度は一体何を狩ったっていうのよ」


「ほれっ」


 カウンターにエンシェント・ミニドラゴンの結晶を放り投げた。


「――っ!? あんた、いったい何者なの……。【幻術士】のくせに、ステータスも低いくせに……」


 受付の女は涙目で、銀貨五枚を取り出し俺に渡す。


 銀貨一枚は銅貨百枚分の価値がある。


 これでしばらくは宿の心配をする必要はなさそうだ。


「俺が何者かと聞いたな? さて、俺は一体何なんだろうな? しいて言うなら【召喚士】ってとこか」


「はぁっ――!? ばっかじゃないの」


 『アーカーシャ』物語は老若男女問わず、知られている。


 伝説の存在【召喚士】。


 あくまで物語の中の存在であって、実在はしない。


 でも俺の【実体化】スキルは、それにもっとも近いモノだと確信している。


「それじゃ、俺は次のステップに行くので、この町はここで終わりだ。じゃあな」


「ちょっと! それどういうことよ! あんた、冒険者としては……悔しいけど……有能なんだからこの町に残りなさいよ!」


「あー、お前の態度が差別的じゃなかったら、それも考えたかもしれないけどな」


 俺はニヤケ顔で、思ってもないことを言ってみる。


「うっ……悪かったわよ。今まで悪態ついてごめんなさい! ……はい、これでいいでしょ! くぅ、悔しい」


「それでいいんだよ。その態度で受付を続ければ、もっと幸せになれるぜ。じゃあな」


「――結局残ってくれないの!? バカ、バカ、【幻術士】なんてやっぱりバカよ!」


 やれやれ、結局罵倒に逆戻りか。


 差別者をなくすということは、簡単じゃないな。


 自分の負った使命の重さを感じながら、ニブルの町を後にした。




 ◇ ◆ ◇ ◆



 

 羊の肉を頬張りながら、店で一番高いワインを注文し、飲み干す。


 ニブルの町から二時間かけて辿り着いたアスカムの町で、俺は豪遊していた。


「お兄さん、やけに景気がいいですね」


 酒場のマスターがにこやかな笑顔で話しかけてきた。


「いえ、ちょっとした臨時収入がありまして」


「そうですか、それはよかったです。この後すぐに、奴隷のオークションが始まるので是非見ていってください」


 奴隷のオークションだって?


 俺は顔をしかめる。


 奴隷にされている者は大体が『イレギュラー』だ。


 稼ぐ手段が豊富な『戦闘職』や『職人』とは違い、『イレギュラー』はお金を手に入れるのが難しい。


 だから、貧困により生活が立ち行かなくなり、奴隷にされる。


 自然の摂理と言ってしまえばそれまでだが、俺自身が『イレギュラー』ということもあり、あまり気分がいいものではなかった。



 酒場の隅にあるステージに、ランプの火が灯った。


 それと同時に、マスターのアナウンスが入る。


「皆様! お待たせいたしました! 奴隷オークションの開催です! 本日の奴隷は、この子です!」


 ステージ裏から、秘部だけを隠せるような過激な衣装を身にまとった、年端も行かない少女が現れた。


 長いサラサラの銀髪に白い肌、目と鼻のラインがスッとした美しい顔立ちではあるのだが、目が笑っていない。


「この少女の職業は【人形師】!」


 少女はステージに置いてある人形を操って、ダンスを踊らせ始めた。


 酒場にいるゴロツキは、それをつまらなそうに見ると、ヤジを飛ばす。


「そんなものはいいんだよ! さっさと脱げやこの『イレギュラー』が!」


「――ひっ!」


 奴隷の少女は引きつった表情で怯えだした。


「おい、やめろよ!」


 俺はテーブルをバンっと叩いて立ち上がった。


「あん? なんだてめぇは」


 にらみ合いになる。


 それを見て慌てたマスターが仲裁に入る。


「お客様、喧嘩は困ります!」


「ちっ、命拾いしたな。てめぇ」


 ゴロツキは苛立たし気に机を脚でガンっと蹴飛ばしてから着席した。


「トラブルもありましたが、今からオークションを始めます。開始価格は銅貨50枚から!」


「銅貨80枚!」「銀貨1枚!」「銀貨1枚と銅貨50枚!」


 徐々に値段が上がっていくが、先程のごろつきが全ての声をかき消して叫ぶ。



「銀貨3枚!!」



「銀貨3枚がでました! さあ、これ以上はありますでしょうか!?」


 競り合う者が出てこないのを見て、ごろつきは下品に笑い出した。


「くくくっ、あの奴隷を犯すのが楽しみだぜ」


 それを聞いた奴隷の少女は、目をつぶって両手を合わせながら、うつむいてしまった。


 口元をよく見ると、小さく「タスケテ」と動かしている。



 俺は思わず、



「――銀貨5枚!!」



 意識もせずに声が出た。


「銀貨5枚きましたー! 他にはいませんか? ……いないようですね! この奴隷の持ち主は、ワインの味がわかるこのお兄さんに決定だー!」




 ◇ ◆ ◇ ◆




「やってしまった……」


 夜の闇の中、うなだれる俺の横には、薄いマントを羽織った銀髪の少女。


 銀貨5枚を引いた残りのお金は、今日の飯代でなくなってしまった。


 つまりは文無しで、野宿が確定だ。


「しょっぱなからこんなんですまないね、銀髪の少女」


「……リィル」


「リィル?」


「……わたしの、名前」


「そうか、リィルか。いい名前だな。おれはクロスっていうんだ。よろしくな」


 俺が握手を求めると、


「……よろしく、お願いします」


 少女は、ぎこちなく俺の手を握り返した。



「――おい、貴様!」


 酒場で聞いた野太い声が闇夜に響く。


 さっきのゴロツキが、いつの間にか俺たちの近くに来ていた。


「俺様に恥をかかせて、ただで済むと思うなよ?」


「はっ、夜襲ってわけか」


 ゴロツキの手には棍棒。


 ――戦闘はまぬがれない。


 俺とゴロツキは、ほぼ同時にステータスチェックを行った。



 種族:ヒューマン

 名前:ゴージャ

 性別:男

 年齢:28歳

 職業:棍棒使い

 レベル:30

 HP:950

 MP:315

 攻撃:921

 防御:956

 魔力:232

 敏捷:508



 並のステータスだ。これならいける。


 一方ゴロツキは俺のステータスを見て、驚いている。


「【幻術士】……!? 【幻術士】が奴隷を買っただって!? こいつは傑作だ!」


「……悪いかよ」


「悪いね。奴隷よりも更に下賤な【幻術士】は、死あるのみなんだよ!」


 嗚呼、嫌だ。


 何でこの世はこんなにも、俺に冷たく当たるんだ。



 右手と左手のそれぞれに結晶を持って魔力を通す。


 浮かび上がったのは首の長い小さな竜、エンシェント・ミニドラゴン二体。



「はっ、笑わせる! 薄汚い幻術が、なんの役に立つっていうんだ!」



 ゴロツキは俺に向かって直進してくる。



 エンシェント・ミニドラゴンの幻影に魔力を通す。



 ――バチバチ、バチバチ



 空気のこすれる音が気持ちいい。



「「オオォォォーーン」」



 実体化したエンシェント・ミニドラゴンが雄たけびをあげる。


「な!? 幻影が喋りやがっ――」


 ゴロツキが喋り終える前に、二体のエンシェント・ミニドラゴンが、ゴロツキの右腕と左腕に噛みついて、引きちぎった。


「――ウガァァァァ! 痛ぇぇぇ!!」


「早いとこ【治癒師ヒーラー】に治してもらうんだな、あばよ」


 ゴロツキを一瞥いちべつしてから、リィルの手を引いてその場を去った。




――――――――――――――――――――――――――――――

※後書き


召喚したエンシェント・ミニドラゴンのステータスです。


 種族:モンスター

 名前:エンシェント・ミニドラゴン

 性別:♂・♀

 レベル:38・39

 HP:1872・1996

 MP:1080・1101

 攻撃:2130・2080

 防御:2850・2930

 魔力:2200・2240

 敏捷:2118・2120

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