第六話 幻術士は洞窟に行く

 窓から差し込む朝の光が、寝ぼけた俺のまぶたを照らす。


「ん、もう朝か。ふぁぁ、良く寝た」

 

 今日でリィルとパーティーを組んでから一週間。


 ここのところはずっとアスカムの周辺でモンスター討伐を行い、銀貨10枚と銅貨200枚を稼ぐことが出来た。今後しばらく、お金の心配はしなくて済むだろう。


「リィル朝だぞ、起きろ」


 隣のベットでスヤスヤ寝ている、銀髪の少女のほっぺをツンとつついた。


「むにゃっ……クロス……おはよう」


 リィルは自分の代わりに、抱いて寝ていた人形にお辞儀をさせて、挨拶する。


「朝から器用なことするなぁ。ほら、朝食のサービス時間に遅れるから急ぐぞ」


「ふあぁい」


 気の抜けた返事をして起き上がるリィル。


 俺はリィルの手を引いて、食堂まで向かった。




 食堂に行くと、テーブルには既に食事が用意されていた。


 ベーコンエッグにミルクにパン。


 朝食としては十分だ。


「いただきまーす」

「……いただきます」


 ガツガツと食事をかっこむ俺と、モサモサゆっくり食べるリィル。


「クロス……ご飯は味わって食べないと、勿体ないよ。……こんなにたくさん食べられるって、幸せな事だし」


「あ、ああ、それもそうだな」


 前のパーティーでは、のろのろ食事をしていると、アザゼルに怒鳴られたものだ。その影響で、急いで食べるのが癖になっていたようだ。


「ところでリィル。今日は強い敵のところに行く予定だけど、準備は万端か?」


「うん、たくさん人形も買ってもらったし、大丈夫」


 俺達が狩りをする時は、まずリィルが人形でモンスターの気を引く。


 そして、その隙に召喚した幻獣をモンスターの後ろにつけて、総攻撃をしかけるというのがパターンだ。


 これなら俺達本体は危険がなく、また、幻獣も大してダメージを負うことがないので効率よく狩れる。


 とはいえ、強大なモンスターに挑むときはそこまで簡単にはいかない。


 奇襲を仕掛けたところで、初動の攻撃だけでは止めを刺すには至らないからだ。


 なので、今回は格上のモンスターを狩るために、エンシェント・ミニドラゴンの結晶を十個も集めた。


 これなら、アスカムの最上級モンスターだって狩れるはず。


「クロス、なんか今日はご機嫌だね。顔がにやけてる」


「ああ、そりゃご機嫌さ。俺がまた強くなるんだからな。アスカムに潜む一つ目巨人、サイクロプスを絶対にゲットしてみせる」


 汚れた口をナプキンで拭いながら、グッと拳を握り締める。


「……サイクロプス。……なんか怖そう。だけど頑張る」


 リィルはフォークをコトっとお皿に置いた。


 どうやら全部食べ終えたようだ。


「よし、それじゃあ行きますか!」

「うん」


 俺達は宿を出発した。




 ◇ ◆ ◇ ◆




 アスカムから南西に二時間ほど進むと、巨大な洞窟が見つかった。


 サイクロプスがそこにいるという情報は、酒場でキャッチ済みだ。




 中に入ると、まだ昼間だというのに、前が見えないほどに暗い。


 荷袋から、松脂まつやにが塗りたくられた木の棒を取り出し、火をつけて松明たいまつを作る。この辺の準備も、抜かりなくやってきた。



 洞窟の先に進むと、二股に分かれている箇所にたどりついた。


「どっちに行こうか? リィル」

「うーん」


 二人で悩んでいると、右の通路の奥から、


「……グロロロロ」


 という、猛獣のうめき声がかすかに聞こえてきた。


「右にいるな。人形の準備はいいか?」

「任せて」


 人形を先行させて、右の通路を進んでいくと、大きな広場のような、開けた場所に繋がっていた。


 そして、その場所の中心にサイクロプスは居た。



 種族:モンスター

 名前:サイクロプス

 性別:♂

 レベル:50

 HP:5020

 MP:0

 攻撃:5500

 防御:4200

 魔力:0

 敏捷:3321



「強いな……」


 二人の間に緊張が走る。


「リィル、頼んだぞ」

「――うん」


 楽器を持った人形達が、演奏しながら歩き出し、敵の注意を引いた。


 その隙に俺は十体のエンシェント・ミニドラゴンを召喚し、サイクロプスの後ろに回り込ませる。



 ――準備は整った。


「さあ行け、エンシェント・ミニドラゴン!」


 小さなドラゴン達の強烈な攻撃を受けたサイクロプスは、雷鳴のような雄たけびを上げる。


「グロロロォォ!!」


 サイクロプスは右手に持った大きな棍棒を振り回し、エンシェント・ミニドラゴンを一体、二体、三体と倒していく。


 しかし、反撃も長くは続かない。


 エンシェント・ミニドラゴンの群れによるしつこい攻撃に翻弄され、サイクロプスは次第に攻撃の手が弱まり、しまいには棍棒を弾き飛ばされ、四肢をかみちぎられた。


「グロ……ロロォ」


 力なく最後の鳴き声を発したサイクロプスは、やがて結晶となった。


「……やったね、クロス」

「ああ、やったな」


 リィルとハイタッチを交わし、パンッと軽快な音が洞窟に響く。


 結晶を回収して帰ろうとしたその時、後ろからゾクッとするような気配を感じた。



「グロロロロロォ!!」



 ――サイクロプス!?


 さっき倒したのとは別の個体が、通路からやってきたのか!?


「く、くそっ召喚するMPはもうないし、くそっ! ……リィル、俺が囮になるから、リィルはその隙に逃げるんだ」


「……だめだよ、そんなことしたら、クロス、死んじゃうじゃない!」


 リィルが叫ぶのを、初めて聞いた。


 俺のことを心配してくれている、その気持ちだけでも本当に嬉しい。


 涙が出てくる。


 あざけり、ののしり、そんなものしか聞いてこなった人生だったけど、リィルのおかげで人の温かさを知ることが出来たよ。


 生きててよかったと思える……ってもうすぐ死ぬのか。


 ああ、せめてアザゼルとヘリオスにだけでも、復讐したかったな。



「――あきらめちゃダメ! クロスも一緒に、逃げるの!」



 リィルは俺の手を引っ張る。


 駄目だ、そんなことしたら。


 俺だけじゃない、リィルまでやられてしまう。



 サイクロプスが棍棒を振り上げるのが見えた。


 あれが振り下ろされると、俺たちはミンチになってしまう。


 リィルを庇うように抱き寄せたその時、




『パンパカパーン! スキル【モンスター操作】を習得しました』




 突如、頭の中に声が響いた。


「――モンスター操作!? ……サイクロプス! 自分を殴れ!」


 がむしゃらに叫んだ。


「グロロロロォ!?」


 サイクロプスは振り下ろした棍棒の軌道を、俺達の方から自分の方へと変えて、顔面に叩きつけた。


「グロォォ……!?」


 一つ目の巨人がバタンと倒れ、動かなくなる。


 どうやら気絶したようだ。


「リィル、今のうちに逃げるぞ!」

「――うん」


 それから無我夢中で走り、洞窟の外に辿り着いた。


 後ろから追ってくる気配はない。


「助かった……のか?」


 心臓がまだバクバク鳴っている。


「はぁ、はぁ……助かった……みたい」


 リィルは息を切らして、ぐったりしている。


「よっと」


 俺はリィルをおんぶしてやった。


「……ちょっと、さすがに恥ずかしい」


 軽く抵抗する足を両脇に挟んで、立ちあがる。


「いいから、背中で居眠りでもしててくれ。……疲れてんだろ」

「……うん、まあ」


 本当に疲れていたようで、言葉少なに頷いた。


 太陽はもう頂点を通り過ぎて、沈み始めている。


「すぅ……すぅ……」


 背中からリィルの可愛い寝息が聞こえる。


「ありがとな、リィル。お前のおかげで、諦めずに済んだよ」


 今日はリィルの好きなものを、なんでもご馳走してあげよう。


 喜ぶリィルの顔を思い浮かべながら、帰りの道を一歩ずつ進むのであった。

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