第9話 Another form of love

......私はダメな人.....


仕事はミスばかり、料理もろくにできない、話もつまらない、人からよく表情が暗いといわれる。何をやっても長続きしない。飽きっぽいわっけではないけど、すぐに諦めてしまう。


「霧島君、また間違えてるよ。君だけよこんなに間違えるのは。」

課長に書類のミスを指摘された。確かに課長の言うとおり、こんなに頻繁にミスをするのは私ぐらいだ。それは自覚していた。自覚している分、落ち込みもするが、それよりも私にとっては、間違えてはダメだというプレッシャーの方が大きくのしかかり、苦しかった。

「このままの調子だと、本当にこの部署に居られなくなってしまうぞ。」

課長は心配と憤り、半々の表情で私に言ってきた。

「すみません。本当に......」

恵那えなはうつむき、張りのない声で課長に謝罪していた。

恵那は決して、なんの努力をしていないわけではない。課長も出来ない私を心配して、仕事用の特訓ドリルを独自に作成して、私に毎日取り組むように促した。取り組んではいた、しかも特訓ドリルは満点クリアしていた。

しかし、いざこれを現場で生かすとなると、プレッシャーに負け、ミスを連発していた。

「頑張ってるんだけどね、それは分かるんだけど、結果なんだよ結果。」

同僚にも辛辣に言われてしまった。

「たぶん、霧島さんはこの仕事が向いていないんだと思う。人には向き不向きがあるから。仕方のない事だよ。転職も視野に入れた方が良いと思う。霧島さんの為にも。」

先輩社員にもこのような事を言われた。嫌味っぽく言ってくる先輩社員もいれば、心配して言ってくる社員もいた。


この状況......はっきり言えば、恵那は『会社で孤立していた』


入社して一年が過ぎようとしていた。他の同期はみんな成果をあげ、ミスはもちろん人間だからあるが、恵那よりもはるかに少なく、稀なことであった。恵那は完全に落ちこぼれ、入社一年にして自分の居場所を無くしかけていた。

そんなある日、恵那は遂に部長から呼び出しをくらってしまった。しかも、部署内にある部長のデスクではなく、誰もいない小会議室に呼び出されていた。

"戦力外通告だ......間違いなく。"

恵那は覚悟をした。"何もできなかった自分が悪い"手をぎゅっと握りしめ、唇をかみしめながら、小会議室の扉をノックした。

「失礼します。」恵那は、先に小会議室に居た部長に挨拶をし、一礼をした。

「うん。お疲れ様、ここに座って。」部長が自分の目の前の席に着くように促した。

恵那は部長に言われた通り、緊張した面持ちで部長の目の前の席に着席をした。

「すみません。覚悟はできてます。」恵那は、席に着くなりすぐに切り出した。

「なんの覚悟だ?」部長が不穏な表情をした。

「解雇されるんですよね。」小さくうつむき、か細い声で恵那が言った。

すると、部長の表情が少し緩みだした。まるで"何言ってるんだ?"といわんばかりに。

「君のこの部署での仕事っぷりを考えると、そう思ってしまうのは当然か......」

部長が、なにか意味深げに、恵那に語りだした。


「なぜ黙っていたんだ?」

「へっ?」


部長の予想もしなかった一言に、思わず「へっ?」と答えてしまった。恵那は部長が何を言い出すのか不安な気持ちになった反面、もしやと思い当たる節があった。


「君は、なぜ、入社直前に両親が事故で亡くなった事を隠していたんだ。」


恵那はその言葉を聞いた瞬間に、目から涙がこぼれ落ちた。


「半端なくミスの多い君は、他の部署への配置転換を検討せざるを得なくてね。どの部署ならいけそうか、君の入社試験結果も参考に検討する事になった。そしたら、君は新卒全社員の中で四番目の成績で試験を突破していた。この部署では断トツの一番だ。おかしいだろ?そんな優秀な人材が、部署内きっての劣等生なんて。だから、入社前、入社後に何かあったのか調べたんだ......申し訳ないと思ったけど。」


恵那の両親は恵那がこの会社に入社する直前に不慮の事故で亡くなっていた。事故の一報を聞いて病院に駆け付けたが、母はすでに帰らぬ人になっていた。辛うじて息のあった父が最後に恵那に残した言葉が、

「仕事をまっとうしなさい。」

だった。恵那は悲しみを堪えながらの入社となり、突然起きた悲劇に心の整理が全く追いついていなかった。ただ、父親に言われた最後の言葉「仕事をまっとうしなさい。」という言葉を忠実に守る為に、仕事に全力で取り組んだが、深い悲しみに遮られ、ふとした時にいつでも頭をよぎる残酷な真実を受け入れられず、仕事が手に着かない事も多々あった。"これを言い訳にはしたくない"と誰にも言う事もせず、仕事でミスが重なり辛辣な言葉を浴びせられても、歯を食いしばって頑張ってきた。ミスをしてはならないというプレッシャーと、心に深く刻まれた傷を一度に同時に対処できるほど強い人間など居ない。毎日毎日辛い日々だった。


 真実を知った部長の心に激しい痛みが走った。ダメだと烙印を押しそうになった社員が、誰に言う訳でもなく、たった一人で深い悲しみを生き抜いている。目の前にいる部下が、そんな重い十字架を背負って立ち現れた。せっかく縁あって、入社試験も勝ち抜いて入ってきたこの社員を、切り捨てる事は断じて出来ない。そう思った。


「霧島君。これからは、仕事中でも泣きたい時は泣いてもいい。何回途中で席を立って、心が落ち着くまで休憩したっていい。なんなら、一時間、二時間休憩したっていいし、どうしても耐えられないなら、帰ってもいい。もう、我慢などする必要はないんだ。まずは焦らず、一緒にもう一度一からやろう。成果や結果は諦めなかった人が出すんだ。」


いままで、誰に言う訳でもなく、苦しい戦いを強いられ、ダメ社員のレッテルを張られた気持ちで孤立していた恵那。部長のこの言葉で一気に救われた。涙が止まらない。声も抑えることなどできない。恵那は、ただただ顔を手で覆い、泣き崩れた。


それから、恵那は人が変わったかのように仕事に取組み、ミスも滅多にしなくなり、みるみる力をつけていった。事情を知る事となった他の社員も協力を惜しまなかった。半年後の彼女の表情は自信に満ち溢れていた。



"四年後"

 

某日 大安吉日

「大川君、恵那さん、ご結婚おめでとうございます。 そしてご両家ご親族の皆様......」


恵那は二つ年上の先輩社員の大川 颯太おおかわ そうたと二年の交際の後、晴れて今日結婚式を迎えていた。二人は幸せいっぱいの笑顔で、参列者から盛大な祝福を受けていた。大きな幸せに包まれた挙式は、天国の恵那の両親も、きっと笑顔で見ていると、親族、関係者の誰もが思うほどのすばらしい挙式だった。

式も順調に進み、キャンドルサービスが執り行われ、颯太と恵那が仲睦まじく笑顔で各テーブルのキャンドルに火を灯していき、そして、二人は部長夫妻が座る席へやってきた。恵那が

「部長があのままダメになる私を救ってくださらなければ、今日のこの日を迎える事は出来ませんでした。本当にありがとうございます。」

そう言ったあと、笑顔で『霧島家』と書かれた札の横にあるキャンドルに火を灯した。

恵那は、部長に招待状を送った際、メッセージに『部長夫妻で、私の両親の席に座ってください』と一行書き添えていた。

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