第5話自分を大切に。
重厚で、虜にしたものを魅了してやまない曲線美の極み。ふっくらと可愛らしく、積極的にしっかりと主張し、何かを守り優しく包み込むような、まるいふくらみ。出会った者を裏切らない幸福感と快感への誘惑。
本宮 あかね23歳。茶髪の背中まで伸びるロングヘアを無造作に後ろで一本に束ね、化粧は日焼け止めのみ。いわゆるスッピン。眉も描いていない。描いていない割に妙に綺麗に整えられた眉毛がかえって特徴的だ。ほどよく吊り上り、奥二重の大きめの目は、人に彼女は秘密含みな何かがあるような印象を与えるが、何一つ手を加えられていないその目に何か訴えかけるほどの積極性は感じられない。片耳に二つ、両耳で計四か所のピアスの穴が開いているが、なぜか、ピアスはしていない。鼻筋がシュッと綺麗な形をして整っている。唇は少し厚めでリップでもつければ十分な主張を持たせることも可能だが、最低限の薬用リップしか塗っておらずその主張は消極的という印象だ。顔のラインに無駄な肉は皆無で、その外観のみで判断するならば、なぜ、手入れも積極的にしているように思えない、彼女のフェイスラインは綺麗なフェイスラインを維持できているのかが不思議だったが、"若さ"の一言で見る者は納得した。服装もはっきり言わせてもらえば地味である。スニーカーにジーパン、カーキ色のエムエーワンのジャケットに中はトレーナー。そして、少し大きめの、これまたカーキー色の地味めの実用性重視のリュック。これが、彼女の外見的特徴であった。
「やっぱり、このフォルムが一番最高。」あかねは、埼玉県のとあるところに来ていた。
あかねは自宅のある東京から一時間以上かけてこの地にやってきた。あかねの『恋人』に会いに来たのだ。その恋人が埼玉県の行田市にある。その恋人とは
「また、来ちゃいましたよー。前方後円墳さま♡」
そう、彼女が愛してやまないのは『古墳』。彼女は生粋の古墳オタクだった。
「いつみても凛々しい。」あかねが来ている埼玉県行田市にある「さきたま古墳群」。ここは前方後円墳8基と円墳1基の大型古墳が残る全国屈指の古墳スポットなのである。
ちなみに、映画「のぼうの城」の舞台はまさしくこの地であり、作中に描かれている石田光成がこの一帯を水攻めにする際、その水攻めから我が身を守る為、陣取ったのがこの古墳群唯一の円墳である丸墓山古墳である。
「なんて癒されるの。古墳の上を一歩一歩、足を踏み出すごとにあなたのすごさが伝わる。」あかねは決して変態ではない。古墳を愛してやまないだけだ。あかねは古墳の上部に歩道が整備されている稲荷山古墳の歩道を歩いていたのだ。稲荷山古墳の先端部分の頂上に達したあかねはぴょこんと座り込み、そこから見える雄大な古墳群たちを眺め、ひとり幸せな時間を過ごしていた。
「ああ、これでまた一週間頑張れる。」
そう呟きながら、やたらと爽やかに感じる風と、都会では絶対に味わえない壮大な景色と同化するかの如く、目をつむり、あかねの誰にも邪魔されない自分だけのゴールデンタイムを堪能した。
「おつかれさまです。」
会社の終業時間になり、ぞくぞくと従業員たちが帰っていく。過労死や過酷な残業、コンプライアンスが世間を騒がしている昨今。この会社も世の中の流れに逆らわず、午後六時の終業時間とともに社員はみな仕事を終え、帰宅する事が就業規則に加えられ、本当に今日中にやらなければならない仕事が無い限りは残業は認められなかった。
「あれ。また、本宮帰らないの?」
あかねの同期で、同じ部署に所属する
「うん、この仕事だけ片づけなきゃ。すぐ帰れると思うし。」あかねが答えた。
「なんだか、本宮いつも残って仕事しているけど大丈夫?」彰が少し心配そうに聞いた。
「ありがとう。私、仕事遅いから。」あかねが、少し顔をひきつらせ答えた。
「あのさ、俺たち今日これから飲みに行くんだよ。本宮も仕事終わったら来てよ。」
彰は部署の仲間五人と飲みに行くところだった。
「う、うん。ありがとう。行けたらね。」
「じゃあ、『源ちゃん』にいるから。」『源ちゃん』は彰たちがいつも利用している居酒屋である。
「うん。おつかれ」
そういって、彰は部屋を出た。
あかねは、古墳に対してはどこまでも大胆に、どこまでも積極的にアプローチできたが、対人間となると話はかわる。本来のあかねは、自分に自信が持てない典型的な人間で、得意技は『自己否定』といっていい程、自分に自信がなく、古墳を見ている時よりも更に地味に地味に、なるべく目立たぬようにする事が、普段、彼女が一番大事にするミッションだった。普段のあかねは、前述した地味な人物像にプラス、地味な黒縁の昭和の香り満点のメガネで武装することで、自分の身を護っていた。
仕事はあかねなりに一生懸命やってはいたが、要領が悪く、加えて自分に対する自信のなさが、更に彼女の足をひっぱていた。ほかの社員なら、もうとっくに終わらせ、定時に帰れる仕事量でも、あかねにとっては膨大に感じ、毎日がプレッシャーだった。この日もしっかりと時間内には終わらず、一人居残り残業をしていたのだ。
「なんで、私はみんなと一緒に終われないんだろう。」
そんなことを一人呟きながら、自分の仕事をとにかく一生懸命終わらせようとがんばって取り組んだ。
「やっと終わった。」
あかねは仕事を終え、背もたれに寄りかかり、背筋を伸ばすように天井を見上げ、メガネをはずした。
既に上司も帰りあかねは部屋に一人だった。残業を認めない手前上司もあかねに帰るよう促したかったが、あかねの残している仕事は、すべてその日に消化しなければならない仕事で、渋々残業を認めていた。上司もあかねの仕事を手伝おうと何回かあかねに声をかけたが、根が真面目で、変に責任感が強く、加えて対人関係が苦手なあかねは、上司と二人きりで仕事をするのが、精神的にきつく、すべて断っていた。
「七時半か......だめだなあ。」
ため息まじりにあかねが呟いた。あかねは席を立ち、手洗いへ向かった。
「すっごいブサイク。はずかしい。」
あかねは手洗いの鏡に向かい、自分の顔をみて呟いた。
「尾本は、いつも私を飲みに誘ってくれる。でも、私なんか......」
あかねは、彰が自分に声をかけてくれることは正直、嬉しかったが、自分に自信が持てず、対人関係も得意じゃないあかねにとって、飲みの席は苦手で断り続けているのに、いつも声をかけてくる彰に理解できない面もあった。
「私なんか、飲みに行っても、ただ端っこで座ってるだけで、なんも面白くないのに......」
どんよりとした霧の中、雨もしとしとと降り続け、冷たい空気が漂う中を傘もささずに一人呆然と歩く。そんな気持ちで鏡に映る自分と対話するあかね。彼女は本当に自分に自信が持てず、仕事も出来ない自分が嫌いだった。
ただ、小学校の社会科の授業で教科書に載ってた、日本一有名な仁徳天皇陵「大仙陵古墳」の鍵穴みたいな形がどうにも可愛く感じてしまい、そのまま古墳に心を奪われて以来、古墳にのめり込み、知れば知るほど古墳に魅せられ、古墳の事を考えている時だけは、嫌いな自分を忘れられた。
あかねが、自分の事を嫌になりだし、自己否定が始まると、それを払しょくするかのように、古墳の事を思い出し、古墳に癒しを求めていたのだ。
「飲み屋で、古墳の話......誰にも相手にされないよ。」
苦笑いし、仕事の疲れや自己嫌悪の影響で少しうつむき加減で、部屋に戻ったあかね。
「おい、飲み行くぞ。」部屋で飲みに行ったはずの彰が待っていた。
誰もいないはずの部屋に彰が居て驚いたあかね。
「へっ?なんで...何で居るの?私別に、いいよ。」
彰は少しほろ酔い加減だったが、意識はしっかりしている様子だ。あかねは、思いもしなかった迎えの使者に、驚きと、正直、少しの嬉しさを感じていたが、自分が行くことで、みんなが盛り下がるのが怖かった。
「本宮だけいっつも来ないじゃん。この部署の同期は本宮だけなんだからさ、たまには。行こうよ。」
彰は、会社でいつも暗く片隅で、仕事をして帰るだけのあかねが以前から気になっていた。この部署で唯一の同期という意識が、その彰の気持ちを誘発していた。
「私が行ったら、場の空気が壊れるか...ななぁっ!!!!」
ネガティブな事ばかり言うあかねに業を煮やし、あかねの手を強引にひっぱりだした彰。それに驚愕レベルの驚きをあかねは示し、地味な黒縁メガネの奥にある、奥二重の目を真ん丸くし、
「ぱ、パワハラですか!?」あかねが少し声を荒げた。
「本宮がネガティブな事しか言わねえから。同期のお前と飲んでみたいんだよ俺は。」
「えっ...」
"お前と飲んでみたい"
初めて言われたその言葉が一瞬であかねの脳裏に焼き付いた。いままで地味に、なるべく目立たぬように生きてきたあかねにとって、同性にも、ましてや異性に言われた事などなかった。あかねにとっては、衝撃的な一言だった。
「な、なななに言ってるの。」あからさまな動揺だった。
「なにテンパってるんだよ(笑)ほれ、いこう。」笑いながら"どうしたんだ"という表情で彰は言った。
「わわ、わかったから。行くから。いいいこう。」まだ、動揺真っ只中なあかねだった。
「あははははは。何をそんなに動揺してるんだ?ウケる。」
彰は、あかねが何故ゆえに、ここまで動揺しているのかが分からなかったが、あかねのその言動がおかしかった。
一方のあかねは"しまった!"と後悔していた。『お前と飲んでみたい』あかねの脳裏に焼き付いたどころか、心まで鷲掴みにし、あかねの思考回路にバグが起きて、思わず飲み会に『いこう』などと答えてしまった。思考回路がバグったあかねは、あたふたし出し、行動にまで動揺が表れていた。
「行こう。バッグ持って。忘れ物ない様に。」
あかねとは対照的に、陽気にあかねに話しかける彰。そんな彰を顔を赤らめ、震える手を必死で抑えながらショルダーバックを肩にかけ、歩き出したあかね。そこにも動揺がしっかり表れ、あかねは若干よろけてしまった。
これでは、どっちが酔っ払いなのか分からない。ほろ酔いの彰の方が、頼もしいくらいしっかりとした足取りで歩き出した。
「わわわたし、すぐかっ、帰るからね。」
実に長い動揺がまだあかねを支配していた。会社を出ても尚、あかねの言葉はかみかみだった。
"なんで、『お前と飲んでみたい』なんていうのよ。あんたの顔すら見れないじゃん。"
あかねは、今まで対人関係が苦手で、人とコミュニケーションをとる事を積極的に避けてきたツケがここにきて、絶大な力を発揮しだしていた。もしも、少しでも、本当に少しでも、人とのコミュニケーションに免疫をつけていれば、ここまで『お前と飲んでみたい』という一言に翻弄される事はなかったと思われるのだが......その人の生まれ持った性格や過去のトラウマ等で個人差がある事なので、強制はできない難しさもあるのだが。
あかねは下を向き、できるだけ彰と目を合わせないように努めていた。しかしその時だった。
「あれっ!?これ、
あかねが、まるで慣性の法則を無視するかのように、急にピタッッと足を止めた。彰は、急激に足を止めたあかねを二、三歩通り越し止まった。
「なんだよ。どうした?急に。」不穏な表情で彰が問いかけた。
「ねえ。いま...今なんて言ったの?」あかねが生唾を呑み込むように彰に問いただした。
「え、ああ、帆立貝形古墳。」何か、不思議な事でも言ったかという表情で、彰が答えた。
その瞬間、あかねの動揺は嘘のように鳴りを潜め、代わりに、ふつふつと、あかねの全神経を急激に刺激するように、まるで魔法使いが何かの呪文を唱え、魔法が発動する準備が始まったかのように、あかねの血が騒ぎだした。
「ねえ、尾本。何で急に、帆立貝形古墳なんて言ったの?」
「えっ?だって、本宮のバックについているキーホルダー。」
彰が不思議そうに、あかねのバッグについている古墳キーホルダーを指さした。
「かわいいよな。一見、前方後円墳に見えるが、そのキュートな短い尻尾は、間違いなく帆立貝形古墳だ。」
"かわいいよな"..."キュートな"...
あかねの目はキラキラ輝いていた。そして、騒いで騒いで仕方のない血を抑えることなど不可能であった。もっと言えば、穴という穴から血が噴き出すかというくらい、あかねは興奮した。
「分かるの!分かるの!?この子の可愛さが!なんで、なんで知ってるの!?」
キーホルダーを手にしながら、今まで見たこともない、あかねの輝く表情に彰は驚いた。
"本宮、お前......"彰は、初めて見せる活き活きとした、つい何十秒か前のあかねの表情とは一変した、その表情に驚いた。しかもその時、彰はもう一つの新しいあかねを見つけていた。
「俺、詳しくはないし、趣味って訳でもないんだけど、少し古墳が気になっ....」
「十分だよ!十分!うれしいなあ~。帆立貝形古墳知っている人なんて、周りにいなかったからなあ~。古墳好きな人って完全マイノリティだと思っていたからさ~。こんな近くにいるなんて!うれしいな~。」
彰の話をさえぎるように、完全に人格が変わってしまったかと誤解するほど、信じられない変貌をとげ、積極的に彰に話しかけていた。その、見たこともないあかねに、彰は引くどころか嬉しさすら感じていた。いつも、部署の片隅で、一人存在を完全に消すような雰囲気で、仕事をするあかねしか見たことがなく、同期として気にかけていた分、彰は嬉しかった。
「古墳の話さあ、『源ちゃん』でゆっくり聞かせてよ!もっと聞きたい。」笑顔で彰が言った。
「いいの!?いいの!?本当に!?」満面の笑みであかねが言ってきた。
「もちろん!」
あかねは、古墳の話など誰も興味を持たず、誰も耳を傾けないと思っていたので、彰の言葉が嬉しくて仕方がなかった。あかね史上はじめての記録的興奮と記録的人と話したいという想いを抑えながら、足取り軽く再び二人は歩き出した。
『源ちゃん』に着き、宴を楽しんでいたあかね達一行。酒の席であかねが最も恐れていた、『盛り下がり』も、彰の上手な話の誘導で盛り上がり、古墳うんちくを嬉しそうに、夢中に話すあかね。その、今までに見たこともなく、気が付きもしなかった、あかねの明るいキャラに、飲みの席に同席していた全員が驚かされ、おおいに歓迎され、あかねは生まれて初めての、心地のいい楽しさを味わっていた。しかも、うっすら涙を浮かべながら......。
今まで自分がダメ人間で、仕事も遅く、しなくてもいい残業ばかりして、気まずかった。
しかし、みんながあかねが思ってるよりも、あかねを否定的に見ておらず、むしろあかねがかもし出す、『誰も私の存在に気が付かないでオーラ』を感じて、みんなの方が、あかねに気を遣っていたことも分かった。
そして、何より上司をはじめみんなが、あかねの仕事に取り組む『一生懸命な姿勢』を高く評価していた。あかねの性格を考慮して、下手に話しかけたりして、あかねが自分のペースを乱さぬよう、みんな気を遣っていたのだ。あかねが初めて気が付いた、自分へのみんなの気遣いと、自分が身を置く部署のアットホームさだった。ゆえに、あかねが『源ちゃん』に足を踏み入れた途端、みんながウエルカム状態だった。
楽しい時間はいつもあっという間。お開きの時間となった。
「じゃあ、また明日~。」
『源ちゃん』を出て、各々が帰宅の途に就いた。あかねと彰は一緒の方向に歩き出した。
「今日はありがとう。もっと早く、気が付けばよかった。」あかねが切り出すように言った。
「みんな、待ってたんだよ。本宮を」諭すように、優しく彰が言った。
「待ってた?」
「そう。本宮の対人関係が苦手なのを知っていて、本宮が自分で来るのを待っていたんだ。まあでも、しびれを切らして結局『パワハラですか!?』なんて言われながら、俺が強引に連れてきてしまったんだけどな......ごめん、本宮。」
「えっ?なんで謝るの?いいの。謝るのは私。わたし、自分が嫌いだから。自分に自信がなくて......」
少し、うつむいて申し訳なさそうに、あかねが言った。
「なあ、本宮。お前さ、少し化粧してみたら。」自身なさげに下を向くあかねを見て、いつものあかねに戻ってしまうと、彰が思い切って切り出した。
「さっきの、古墳の話をしている時に気が付いたんだ。本宮いい表情してる。その特徴的な黒縁メガネの奥に隠された、綺麗な目をもっとアピールした方がいいって。ごめん、セクハラだよな。」
「そ、そんな事ない!セクハラじゃないよ。私、自分に自信がなさ過ぎて、ピアスの穴だって開けたのに、似合わないと思って、結局一回もピアスしてない。私、だめな...」「ちがう!」
彰があかねの話をさえぎった。
「本宮さあ、よく考えてみてくれ。お前さ、お守り持ってる?」
自分のネガティブ発言をさえぎって、"お守り持ってる"とは何の話だ?とあかねは思ったが、一先ずここは、彰の話に耳を傾けることにした。
「うん。持ってるよ。毎年初詣行った時にもらってくる。」あかねは答えた。
「本宮だけに言えたことじゃないんだけど、何処かしらのお寺や神社にお参りに行って、仕事だの受験だの恋愛だのご利益をいただきたくて、お守りまで授かってくるじゃん。ってことは、神様が自分に宿る事だと俺は思うんだよ。なのに、自分はダメだと、自分を大切にしないってことは、自分に宿った神様も同時に粗末に扱うことにはならないか?」
その彰の言葉にあかねは、はっとした。
「自分をもっと大事にしなきゃ。自分を大事にするという事は、神様を大事にするという事なんだから、そこで初めて願いが成就する環境が用意されるんだと思うんだよね。」
妙に説得力のある彰の言葉に、あかねは目から鱗のような心境になり、真剣な表情をし、"なるほど~"という感じで何度もうなずいた。
「だから、気が付いたら吉日でさ、今から自分の事、大事にしようぜ。」
何とも言えない、いい笑顔であかねに語りかけた。その彰の言葉と表情に、あかねは、またまた自分史上記録的に素直な心となっていた。
「ありがとう尾本。私、化粧してみる。でも笑わないでね」照れ笑いを浮かべあかねが言った。
「笑う訳ないじゃん!絶対本宮は綺麗に華やかになるよ。間違いない。」彰が断言するように言った。
「ありがとう。そこまで言ってくれた人初めてだよ。」
今までのあかねなら、絶対に、絶・対・に受け入れられないような、彰の言葉だったが、今日の飲み会の事、古墳の事、先程言われた自分を大切にという事、少しほろ酔い加減な事、様々な要因が重なり、彰の言う事が、面白いようにあかね自身に浸透していった。
「今度の休み、一緒に
「ええっ!いいの!?本当に!」あかねは嬉しさを隠さずに言った。
「あそこは、帆立貝形古墳だし。もう少し古墳のこと知りたいんだよね。」
頭を掻きながら照れくさそうに彰が言った。
「うれしいなあ~。誰かと一緒に古墳行った事ないから。しかも、教えてなんて。嬉しい。」
これでもかっていうくらいの笑顔であかねが答えた。
「いこういこう!今日は、さっきは話さなかった、いちばん基礎的な事だけひとつ教えてあげる。」
「なになに。教えて。」興味津々な表情で彰は耳を傾けた。
「日本全国の古墳の数は大小合わせて約二十万基あるんだよ。つまりは、日本のコンビニの数よりも遥かに多いんだよ!」
あかねが嬉しそうに自慢げにうんちくを披露した。
「マジで!!すげー知らなかった。」
彰が目を真ん丸としながら、しかも本当に古墳の事をもっと知りたいオーラ全開で反応した。
そうこうしているとあっという間に十分程の時間が経過し駅に着いた。
「続きは、今度の休みにたっぷり教えて。」
「うん、分かった!楽しみ~。」
「じゃ、気を付けて帰れよ。」
「あれ?尾本電車乗らないの?」
「俺、こっちだから。」
そう言いながら、彰は今、二人が歩いてきた方向を指差した。
「えっ!?お、送ってくれたの」あかねは申し訳なさと、嬉しさが混じり合う複雑な表情と気持ちで、彰に聞いた。
「だって、古墳の話したかったしさ。」笑顔で答えた。
「じゃ、また明日な!」
そう笑顔で手を振って、彰はさっと来た道を戻っていった。
「ありがとうって言いそびれちゃた...明日あらためて言えばいいか......もう少しだけ、色々話したかったな。」
あかねは、離れていく彰の姿を眺めながら、少しさみしく呟いた。
色々あった今日の事と、週末彰と行く、野毛大塚古墳の事に胸を躍らせ電車に乗り込んだ。
電車に乗り、しばらく経った時、あかねはふと思った。
"古墳の話がしたいって、嬉しい事言うじゃん。嬉しい事......いっぱい言われた。あいつに。優しいな、尾本......。送ってくれたりまで...送っ...てく...尾本!まさか!?......あいつ"
あかねが、慌てて彰にLINEを入れた。お礼と問い合わせを兼ねて。
『源ちゃん』を出て解散した場所のすぐ近くに彰達の使用する路線の最寄駅はあった。しかし、あかねの使用する路線の駅はそこから十分程歩いた所にあった。そこまで行くには比較的暗く、人通りの少ない道を歩かなくてはならず、時間も遅かった。女性が一人で歩くには不安を感じる道だった。つまり、彰はあかねを無事に駅まで送り届けるために、自分の帰る電車とは関係ない路線の駅まで自分を送ってくれたんだと、あかねは気が付いた。それを確かめるためのLINEを彰に送ったのだ。
間もなく彰から一言、返事が返ってきた。『ほっとけないだろ』
あかねは、地味な黒縁メガネをはずし、他の乗客に、自分のその顔を見られないようにうつむいた。
"ありがとう......尾本...好き。"
そのあと二人が「あかね」と「彰」と呼び合う関係になるまでに、時間はさほどかからなかった。
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