第6話 In the Night -attic-

 悪夢を見た。

 ヴァレリアンが、死んでしまう夢。

 赤い、燃えるような髪に埋まるようにして綺麗な死に顔を見せ、棺桶に横たわっている。

 もう二度と、ヴァレリアンの金の瞳にミシェルの姿が映ることはない。

「どうして、どうして人は死ぬの」

 いつか、ヴァレリアンに尋ねたことがある。

「それが、人の運命だからさ」

 そんな軽い調子でヴァレリアンは返した。

 だが、今でもその答えを理解できない。

 理解できないまま――



 そこで、ミシェルは目を覚ました。

 夢は、ときに胸を締め付ける。

 悪夢を見たときはなお、そう思う。

 ミシェルは店に出るための身支度をしながら、そんなことを考えていた。

 店の二階にある屋根裏。二室ある部屋の内ヴァレリアンの使っていた方の部屋を事務室にして、ミシェルは幼い頃に住むことになって以来ずっと使っているこの部屋を、寝起きに使っている。

 寝間着を脱ぐと、傷跡だらけの背中があらわになる。白い肌に刻まれたその傷跡は、過去、スラムにいたときにつけられたものだ。

「ヴァレリアン」

 ぼそ、と名前を呼んでみる。

 当然のことながら、応える声は無い。

「《死人に口なし、遺言ことばのみが彼らの言葉》……か」

 考え事をしながらも、手は身支度を続ける。

 灰色のシャツ。麻で出来た黒地のテーパードパンツ。両方とも、しわのない清潔な印象ながらも、ミシェルのもつ銀の髪や赤い瞳を活かす色合いをしている。

 最後にナイトシューズを脱いで、靴下と革靴を履く。

「《亡き者と神へ、わたしは祈りを捧げます。遺志こころを尊び、遺言ことばに法り、亡き者と神を崇めます。我の祈りを受け入れてください。我の命を見守ってください。どうか、この祈りが届きますよう、願います》」

 祈りの言葉をつぶやきながら、胸に黒のロザリオをかけ、シャツの中にしまう。

「さて、今日も始めるか」

 光を透かしていたカーテンを開けると、ぱっと青空が広がり、光が薄暗屋根裏部屋に差し込んだ。

 街はいつも通り、商店街で働く人々が各々、店へとやってきたり隣り合う店の主人とあいさつを交わしたりして賑やかだ。

 その光景を、しばらく眺める。

 ヴァレリアンと見ていたいつもの光景。

 時間が経ち、少しずつ変わっていっているものの、街の賑やかさだけは変わらない。

 ふと、視線の端に動くものを見つけた。【Michele-rose】のひさしの上に、赤毛の猫が座り込んでいた。

 猫のほうもミシェルに気が付いたらしく、碧色の瞳でミシェルの方を見た。

「おはよう」

 ミシェルは猫にそう話しかけ、軽く手を振る。

 すると猫は、にゃあ、と甘えた声を出した。そのまま、そこで丸くなる。

「あたたかいな、今日も」

 陽光に、目を細める。

「ミセス・ファンヌの舞台が今日から開演か。赤い薔薇を出しておくか」

 窓から離れ、階段を下る。【Michele-rose】の事務机の後ろを横切って、【Ung-rose】に続く階段の途中、半地下になっている暗室から赤い薔薇の入ったバケツを取り出す。

 店の前にそれを置く。

「――なんだか今日は、懐かしいことばかり思い出すな」

 深紅の薔薇に、ミシェルはどうしても、ヴァレリアンの赤い髪を重ねてしまう。

 どうか、今日も良い日になりますように。

 シャツの中のロザリオを握り、ミシェルはそっと、祈りを捧げた。

 

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