第13話

 私はハリウッドに行きます。頭に響くその声を頼りに、俺はキャンパス中を探し回った。しかし、どの棟のどの教室を探しても暮太の姿は見当たらなかった。高嶋からの返信は、授業後俺が暮太を探し回っている間も無かった。出会って一年弱、高嶋のことがだんだんわかってきた。コンビニで買うのはいつも水、米よりパン派、そしてSNSをめんどくさがって返信しない。困った正確なので俺の小さな悩みのひとつなのだが、気にしてばかりもいられないので最近は返信がなくても俺から続けてメッセージを送ってしまうことにしている。

「雅、暮太さんの連絡先知ってる?もしくは居場所。」

しかし、待てど暮らせど返信は来ない。くそ。トイレ行きたくなってきた。一号棟二回のトイレに入る。用を足している最中に、電話が鳴った。誰だ?いま出られないぞ。バイト先の店長だったらどうしよう。

 急いで終えた俺は、手を洗ったままびしょびしょの手でスマホを取り出した。

「非通知…?」

画面を見れた、その瞬間コールが途絶えた。結局誰だったのかわからないまま終わるのか。エロサイトの見過ぎか?暗くなったスマホ画面を見たまま考えていたら、もう一度電話が鳴った。

「うおっ、また非通知だ。」

2コール分しっかりためらった後、俺はついに電話にでることにした。

「もしもし。どちら様でしょう?」

「もしもし!竜也くん!私だよ!」

いや、誰だよ。

「えっと…ごめんなさいわかりません。」

「覚えてないの?一郎くん!」


 電話の後、俺はトイレの外でやっと暮太に出会うことができた。

「よかった。ナツさん。連絡先教えてよ。」

「あ、うん。」

俺たちがスマホを取り出すと、暮太の隣りにいた友達であろう女の子が、

「え、ナンパ?夏やるね。でもそんな簡単に連絡先教えちゃ危ないよ。」

「誰が危ないだと?俺は暮太夏の友達です。同じクラスで。」

俺が弁明を始めると、

「うん。一緒に劇団やってくれるヒーローだよ。」

暮太が俺が言わないようにしていたことをさっさと言ってしまった。恥ずかしい…。

「え?夏あんたアレ本気で言ってたの?」

「…うん。」

友達にあんなことを言われて多少傷ついたのか、いつもの勢いを失ってしまった。それを見て、さっき劇団のことを隠そうとしていたことが申し訳なくなったし可愛そうだとも思った。でも、今の俺にはその友達を止めるだけの資格がないと思ってしまったので、

「高嶋が呼んでるんだけど…いつものカフェ行こう。今、大丈夫?」

優しくこう言った。高嶋から返信があったわけではないので、無論高嶋は呼んでなどいない。

「あ、じゃあ。夏またね…。」

お友達が苦笑いで去っていってくれたので、俺はうつむく暮太の手を引いてとりあえずカフェに向かった。


 しおらしくなってしまった暮太と、何を話すでもなくカフェの室内席に座っていた。

「カフェ」

それだけ。メッセージを高嶋に送っておいた。それからスマホは確認していないが、こういうときはきっと見ている。それに、高嶋ならこれだけで要件が伝わる。暮太がカフェの時計を確認した。これで三回目だ。俺は時計のかかっている壁を背に向けて座っているので今何時かはわからない。

「時間、厳しい?」

「え、いや。今日はバイトないから…。雅くんは?」

「ごめん。雅が呼んでたってのは嘘なんだ。」

「え?」

「それともう一つ。ごめん。」

「何が?」

その声は冷たくて、悲しかった。

「いや、やっぱなんでもないわ。」

むしろ謝られることを嫌がるような声だった。俺は悔しくなって、謝るのをやめた。きっと行動で示さなきゃ、この思いを覆すことはできない。いや、絶対に俺の行動で。俺の行動で絶対にこの悲しい思い出を消さなきゃいけないんだ。

 暮太は今まで、いろいろな人に自分の夢をバカにされてきたはずだ。その過去を積み重ねたその上に、今の明るい暮太がいる。俺は、その人間がやっとの思いで掴み取れたと思っていた仲間なんだ。いや、もしかしたら俺の思うよりずっと重い過去があって、俺達のこともまだ仲間とは思っていなかったのかも。また時計を見た。俺はまた一層悔しくなった。


三日後、俺は懐かしい場所にいた。鏡張りのダンススタジオみたいな部屋。十年前にはあんなに広く感じたのに、いまやボロ屋にしか見えないな。

「お久しぶりです。安藤先生。」

なにかつかめるかな。トイレでの電話。その主はこの人、安藤雅美だった。

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かえらない @seikamorinaga3

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