第3話
「タバコ行こうぜ、タバコ。」
人差し指と中指でじゃんけんのちょきを作ると、それを口元に寄せて高嶋は言った。今年の初めには、お前まだ未成年だろうがよ。と軽く注意していたけれど、今や高嶋がタバコを吸うことは当たり前になりつつあった。
「俺は吸わねえぞ?」
いつものように二人で教室を出ようとした時、背後から呼び止められた。
「天乃くん、ちょいまち!」
この声には聞き覚えがある。
「なんですか?暮太さん。あと、声大きいよ。」
俺はゆっくり振り返って、努めて明るい声でその声に答えた。なにかとても胸騒ぎを感じながら。
「天乃くん!嘘ついてたでしょ!」
「な、何が?」
「君、演劇やったことあるでしょ!しかも主役で!」
最悪だ。まだ教室には十数人も人がいる。
「いや、そんなわけあるかよ。後、声でかいよ。恥ずかしいからやめてくれない?」
「あ、ごめん。でも、私知ってるからね!みんなにバラされたくなかったらちょっとこっち来て。高嶋くんもだよ。」
無意識に声のトーンが下がってしまったようで、一瞬ひるんだ暮太だったがすぐに調子を戻して俺の手を引いた。高嶋は少し困惑しながら少し後ろをついてきたが我慢できなくなったようだ。
「先にタバコ一本だけだめ?」
「とりあえず人気のない所行くからちょっとまって!」
暮太が食い気味に言った。オリエンテーションのときも思ったが、暮太は勢いに任せすぎて冷静になれなくなる性格のようだ。
「別に喫煙所でもいいんじゃない、人の居ないところに行ければいいんだから。」
俺が言うと、暮太はそこで初めて気がついたようで、あそっか。と言って進行方向をぐるりと変えた。
一号館の外の喫煙所に三人は立っていた。壁も屋根もないので冬の冷たい空気にやられてしまうため、この喫煙所を使う人間はほとんど居なかった。とはいえ、未成年喫煙という犯罪に手を染める高嶋にとっては、御用達の場所だった。
「で、よ。暮太さん。急にどうしたのさ。」
真っ赤な箱からタバコを一本取り出しながら高嶋が切り出した。
「天乃くん。君演劇経験者でしょ。なんで嘘ついてたの。」
真剣に怒っていることが顔と声から伺える。
「いや、嘘はついてないでしょ。俺は、自分より適任はそこら中にいるって言っただけだもん。てか、どっからそんな情報持ってくるんだよ。」
なんとか話題を変えてしまおうと、暮太の情報の出どころについて聞いてみた。たとえ聞かれるのが高嶋だけだとしても、俺の過去をほじくり返されるのは嫌だった。
「一郎くん、一郎くん。」
「暮太さん?天乃は下の名前竜也だよ?一郎って誰?」
俺をじっと見つめて一郎くんと繰り返す暮太。戸惑いを隠せない高嶋。俺はただ呆然と目を見つめ返すことしかできなかった。
「良かったわよ、一郎くん。また見に来たいわ。」
知らないおばあちゃんからお世辞を言われることが嬉しかった。まだ幼かった俺にとって、誰かに褒められるということは何よりも嬉しいことの一つだった。
小学三年生だった。どんなつながりがあってか知らないが、俺のもとに演劇をやってみないかという話が舞い込んだのは、俺が小学三年生の夏のことだった。人生で十九回ほど夏を超えてきたが、今思ってもあの夏のセミは特別にうるさかったことを強く覚えている。
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