第2話

 バスの最後尾、マイクを握りしめ目をぎゅっとつぶって、いかにも勇気を振り絞って生まれた言葉を勢いに任せてぶつけてくる。

「そのためにまずは、劇団で成功して箔をつける!私はこの四年間で、自分で立ち上げた劇団で成功してみせます!暮太夏です!よろしく!」

俺は振り向きもせずに流し聞きをしていた。クレタナツ、変なやつも居たもんだな。社内には、クスクス笑う声が数秒響いた後パラパラと拍手が鳴った。

 暮太夏は今、俺の右前方の席で必死に何か小説を読んでいる。オリエンテーションの衝撃からずっと暮太のことが気になってはいる。どんな人物なのか、単純な好奇心だ。でも、たかが単純な好奇心、仲を深めようと接触することもなかった。

 

たった一度だけ、暮太と話したことがある。高校時代演劇部だった高嶋に、一緒に劇団をやらないかと誘いに来ていたときだった。

「どこで俺が演劇部だったなんて情報見つけてくるんだよ。てか、俺が演劇やってたのなんて高校一年の夏までだしな。」

高嶋は戸惑いながら誘いを断った。俺は、そこで初めて高嶋が演劇経験者だと知った。驚きとともに、つまらないなとも思った。そのつまらないなって感情が顔に出てたのだろうか、暮太は、渋々俺にも誘いをかけてきた。

「天乃くんは、演劇とか興味ない?」

「いや、俺よか演技できる人なんてどこにでもいるよ。」

「ううん役者を探してるってわけじゃないの。その他脚本書ける人とか、私話考えるとかできないから。」

「ああ、いやでも…」

「天乃くん、本好きって言ってたよね。ほら、入学すぐのオリエンテーションの時に。」

「よくそんなこと覚えてるなあ。俺そんなに存在感なかったと思うけど。」


 隣に座る妙にケバい女子からマイクが回ってくる。割と本気でめんどくさかった。当たり障りのないことを二、三言っておしまいにしようと、マイクを受け取り思い立ち上がる。

「天乃竜也です。高校時代は帰宅部でした。趣味は読書です。よろしくおねがいします。」

自分でも驚くぐらいの棒読みで、周りの人間と絡む気がないことこの上なしだった。さっさと後ろの席に座る眼鏡の男にマイクを渡してもとのように座った。この光景を高嶋は後でヤンキーの頭かとびきりの陰キャかどっちかだと思ったと笑っていた。


 右前方を見たまま考え事をしていたようだ。隣の席から高嶋が俺の思考を汲んで話しかけてきた。

「そんなに気になるなら、なんて本読んでるんですか?ぐらい聞いてくれば良いじゃん。」

一瞬でリアルの世界に呼び戻された俺は、高嶋に一度聞き返してから、さすが一年一緒に居ただけあるな、と感心した。めんどくせえよ、な。頭の中の話しかけた。出たよめんどくせえ。お前ほんとにそれでいいの?夢のためなら何でもするってぐらいじゃないととか偉そうなこと言ってたお前は何処行ったの?そんな言葉が返ってきた気がした。

「まあ、その時が来たらでいいかな。」

俺は自分の思考をかき消すように、苦笑いしてそう言った。

「出たよ、竜也のその時。そのっていつだよ。」

高嶋は呆れたようで、こんなセリフを吐き捨ててスマホゲームをやりだした。終業のチャイムが鳴ったのは、それから十分後のことだった。

 夢のためなら、か。自分の中の出来事なのに、夢のためなら何でもしろって返してきたあいつに少し感心した。

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