空名木嵐の事件簿番外 変わる心、変わらぬ心

1.詮索

「おかわり」

空名木そらなきらんは目もくれずにティーカップを眠木ねむりぎ果子かこUGN支部長へ差し出した。嵐の装いはいつもの白衣にお気に入りの私服。トレードマークともいえる格好はステレオタイプな科学者というイメージを見るものに押し付ける。

「はいはい」

嵐は今、目の前の男女に全関心を向けている。果子はそんな嵐をなだめるようにカップを受け取り、ダージリンティーを淹れなおす。支部長であり、寝具店を営む果子は動きやすい仕事着で来客用の食器を静かに運ぶ。

「で、どこまでいったの?」

古典的で卑猥な意味を持つジェスチャーを突き出した嵐の後頭部を、空のティーポッドがゴツンと叩く。

「ど、どこまでってそんな…」

あうあう、と広藤ひろふじ千佐希ちさきは口ごもる。一見すると少女に見えるが、彼は正真正銘男性である。果子の下で日夜活動するエージェントであり、嵐や、千佐希の隣に座る女性、見積みつもりきょうとはそれぞれ行動を共にしたことがある仲だ。

「千佐希は私を待っていてくれました。その気持ちに感謝と、それから私の素直な気持ちを伝えただけです」

男性用の白い祭服。膨らんだ胸部や曲線を描く肩の輪郭を除けば凛とした青年の風貌であり、事実、彼女は実家の複雑な事情により男として育てられていた。

ゆえに、嵐はにやけ顔を抑えきれなかった。嵐の知る梟の一人称は「僕」なのだ。

千佐希は顔を隠すようにティーカップを持ち、グイっと中身を胃に押し込む。

「へぇ~。その素直な気持ちってどんな?」

頬杖をつき、嵐は間髪入れずに根掘り葉掘り二人の若い男女へ切り込んでいく。

「………」

鉄面皮で対応してきた梟の声が詰まる。テーブルの下で手指を千佐希の手に絡め、助けを求める。それは無意識で行われたサインだったが、千佐希は毅然とティーカップを置き、

「嵐さん、そういう発言はデリカシーがないと思い………ます」

何とか言い切った。最後のほうは尻切れトンボのような弱弱しさであったが、嵐はそれに過敏に反応した。

「あらそう、ごめんなさいね」

嵐の知る千佐希もまた、このような反応のできる子ではなかったのだから。


-----


嵐と千佐希は通称「オールドファッション・ラブソング」事件において、果子のもとで共闘していた。事件は暗躍するFHエージェントの死をもって幕を閉じ、一人のレネゲイトビーイングの失踪へとつながった。

そして嵐と果子は「悪夢」事件において再び邂逅した。夢の中へ囚われた嵐を救出し、悪夢の原因たる男を打倒した果子は、残った影響を調査し、連鎖する事件へと巻き込まれる。

失踪した果子と高濃度レネゲイト反応の調査を行うため、千佐希と合流した梟はこの地で幾度となく命を落とし、千佐希が偶然発現した特異現象により生き返り、事件解決のためにループを繰り返した。

いわば四者はそれぞれがそれぞれに因縁ある間柄である。


-----


「きっかけとか、その辺もっと詳しく聞きたいんだけどなぁ~」

「じゃあ、行く?」

二の矢を畳みかけようとした嵐へ、果子が横やりを入れた。

「行くって…」

梟は訝しげにオウム返しする。自分と千佐希の馴れ初めを追うとしても、心当たりが駅くらいしかないのである。

「悪夢事件から端を発したこの地のレネゲイト反応は収まったのだけれどね」

嵐は眉を顰める。この女果子さんは初めからそっちを嵐に手伝わせるつもりだったのだ。知人同士の交際と、嵐が置かれている特殊な状況を打開するという餌で。

「例の神社に奇妙な空間が生じているの。外部に影響を及ぼしはしないんだけど、放置もできなくてね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る