見積梟と霧谷雄吾と禍是杜玄瑞 -インターミッション-
「失礼します」
多忙なるUGN日本支部長はその声から来訪者に見当がついていた。UGN
「先日の調査について報告書をまとめました。ご査収願います」
記録媒体と紙の書類を抱え、彼女が入ってきた。霧谷は労いの言葉をかけようとし、彼女を見て、数秒硬直した。
白と水色を基調としたツーピーススカートに、青いプレーンパンプス。ひらひらと
「………この後、友人と食事に行くので」
梟は呆気にとられた霧谷へ用意していた文言を投げる。こういう反応は想定内であった。彼女は普段、独自の白い祭服を愛用している。それは彼女の一族に伝わる「セットアップ」の一つであるらしいが、ともあれそれは「男性用」であり、彼女にはいささか硬質な装いでもあった。
「ええ、とてもきれいですね。似合っていますよ」
霧谷は素直な感想を述べた。あまり突っ込まない方がよいと思えた。
彼女が「祭服」を用いる背景には彼女が男子として育てられた歪な家庭環境があるのだが、霧谷の手出しできる問題ではなかった。そう、日本支部傘下であってもだ。防人の一族は古来より存続してきた古代種オーヴァードの血族集団であり、彼らからの接触を経てUGN日本支部へ合流する形で防人支部という体裁を成している。ゆえに支部全体が一つの強固なコミューンを形成しており、排他的ですらある。
アッシュ・レドリック中枢評議員が監視と干渉のためにエージェントを送り込んだことがあるが、その結果は攻守を逆転させた。いかにしてかアッシュの後ろ暗い証拠を彼らが握ることとなり、彼が防人支部に干渉することも、糾弾することもなくなった。送り込まれたエージェントはそのまま防人支部に属し、一族へ婿入りしたとも聞く。
日本支部として彼らに過度な干渉は行っていない。アッシュの例もあるが、彼らはおおむね協力的であり、彼らのトップシークレットにさえ触れなければアールラボとの技術交流も盛んであるからだ。防人のエージェントである梟も霧谷の要請に応じて調査派遣へ出向いてくれていた。想定以上にハードな事件となったようであるが、現地エージェント
霧谷は端的な事務手続きをその場で済ませ、彼女を解放した。
それは彼女を慮ってのことでもあるが、霧谷自身もそれどころではなかった。彼女は知らないことであるが、霧谷は数日前、支部長クラスが集まる船上パーティにおいて元アールラボ職員が起こした事件の「傀儡」として利用されたばかりなのだ。こうして事務仕事は行っているが、支部内および彼の電子端末にはローザ・バスカヴィル日本副支部長による監視がついている。
日本支部長がいいように利用されたことへの処分は数日中に下るであろうが、テレーズ・ブルム中枢評議員の尽力もあり、件の事件の首謀者さえ片付けばそれほど大事にはならない見込みだ。問題はその首謀者の行方なのだが…彼女には直接かかわりのない話だ。
「広藤さんにもよろしくお伝えください」
梟はわずかに頬を紅く染めた。名を出さなくても、彼女に影響を与えた人物は察しがついていた。広藤もまた複雑な背景を抱えた若者である。霧谷が梟を現地に派遣したのは彼との交流が梟へよい影響をもたらすことを願ってのことだった。老婆心であったが、想像以上の効果をもたらしたようだ。
以前の彼女は、服装と同じく張り詰めた緊張感と、自身の境遇への諦観が影を落としていた。男として育てられ、しかし自分は女であり、見積家の次期頭首であり、しかし発現するエフェクトは生家由来のものばかりであり…
「霧谷さんも、たまには休んでください」
霧谷さんである。彼女がさんづけで霧谷を呼んでいる。
精神的な余裕、未来への希望、境遇へ立ち向かう覚悟。梟には前向きな決意がありありとうかがえる。それは、
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春風のように去った彼女の後、その暖かさを拭うような涼風がノックもせずに訪ねてきた。
「失礼します」
「こんにちは、禍是杜君。先ほどまであなたの妹がここにいたのですが」
「彼女の風が残っている。ずいぶんとうつつを抜かしているようですね」
玄瑞はモノクル越しの目を細めた。
防人一族は、コードウェル博士の帰還の際、甚大な被害を受けた。博士に共鳴した男、防人を代表する四家の一角、槌盛家の頭首が彼らの里で造反したのだ。梟や玄瑞の生みの親である禍是杜頭首夫妻は殺害され、支部長不在の今がある。相応の実績を積み次第、玄瑞は支部長に就任する。霧谷にとっても助かることではあるが…
「“イエロー”が脱走しました」
玄瑞は淡々と事実だけを述べる。
“イエロー”とは
「すでに檜森副支部長が動いてます。この案件は我々だけで対処しますが、念のため霧谷支部長に一報をと思いまして」
おそらく詳細を霧谷に話す気もないのだろう。おおむね友好なUGNと防人一族であるが、そこが彼らの逆鱗であることは疑いない。
「了解しました。しかし被害が外部に及ぶようであれば、我々も動きます。承知ください」
「そうなれば致し方ないでしょう。“火守竜胆”はあまり考慮しないでしょうが」
今防人をまとめ上げる
「………梟さんも?」
嫌な予感は当たるものだ。玄瑞は頷いた。
「色気を出すには時期が悪かったようで。彼女には副支部長の補佐として現地に向かってもらう」
「差し出がましいようですが、彼女は大仕事を終えたばかりです」
「それはあなたの都合でしょう、霧谷支部長?」
実妹の青春は彼(あるいは彼ら)にとって重要なことではないらしい。
「我々も正直焦っているのです。
まあ、一夜くらいの猶予は許しましょう。見積の血はすでに継がれる見込みもなく、梟が子を生さねばまたあの家も荒れる。子種と婿を持ち帰るのであれば、やぶさかではないですからね」
霧谷はもはや何も言わなかった。冷血な次期頭首の鉄面皮の内側には、わずかでも妹への愛情が隠れていることを願うばかりだ。
涼風もまた去った。
霧谷は窓から外を眺める。ブラインドを開くと、ちょうど彼女が街路で待ち人と合流したのが見えた。
霧谷に見せた以上の微笑み。繋がれた手。陽射の中へ。
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