第31話【流し撮り!】
天気はどんよりとし芳しくない。それでも昨日『明日!』と定めたからには事は決行となった。
三人、JRを興津駅で降り僕はにっこーちゃんと並んで東の方向に歩き始める。すぐ後ろを歩いている写真部長が待ってましたとばかりに口を開いた。
「鉄橋だろ?」
えっ⁉ と思った。思わず立ち止まり振り向いてしまっている。
「その顔はどうした? もしかして図星っちゃった? お前の思考パターンなんて簡単に読めるんだよ」
身体に電流が走ったように感じた。
なんだよコイツは。確実に鉄道写真というものについて下調べしてやがるぞ。『かなり手強い』と感じる。
目的地へとひたすら東に向かい、歩きすがら写真部長は初めて『お題』を披露した。
即ち『俺の頭の中には既に同じ日、同じ時間、同じ場所で撮った鉄道写真に違いが出せる方法が浮かんでいる』と言っていたその中身だ。
写真部長は言った。
「『流し撮り』って知ってるか?」
「知ってる」僕は言った。
「オメーじゃねーよ。鐵道写真部の部長に言ってるんだよ」
そう言われては引き下がるしかない。にっこーちゃんは『流し撮り』を知っているのだろうか?
僕は知っている。
流し撮り。
それは『SS(シャッタースピード)を六十分の一秒以下に設定し、列車の動きに合わせてカメラを振りながらシャッターを切る』という撮り方。
出来上がった写真は列車だけが止まり背景が流れ疾走感に溢れるものになる。スチール写真なのに動感を感じさせる技法。
典型例としては田んぼなど開けた場所を撮影地として選択し、線路から十二分な距離をとり、中望遠領域のレンズを装着し(35ミリ換算100ミリ前後くらい)、真横から列車一両と少し程度が画面に収まるようにして撮る。こっちはダテにあの週末をインターネットで潰しちゃいないんだ。
だが知識として知ってるだけで撮ったことは無い。にっこーちゃんはあるんだろうか?
これは確かに『同じ日、同じ時間、同じ場所で撮った鉄道写真に違いが出せる方法』のように思える。だが本当にそうなのか……?
「流し撮りくらい知ってます」にっこーちゃんは写真部長の問いに答えた。
「へー」と人を小馬鹿にしたような声を写真部長は出し、
「SSどれくらい考えてる? まさか『ヒ・ミ・ツ』とか言う?」
「六十分の一以下です」
にっこーちゃん、やるな。
写真部長に対し見事に切り返した。『流し撮り』知らなかったらどうしよう、ってトコだったけど一安心だ。まだ僕らは東へと歩き続ける。
二十分とあと少しくらい歩いたろうか。鉄橋に辿り着いた。
石段を昇り興津川右岸堤防上に僕たち三人はいた。
ここが有名撮影地。定番の撮影ポイントということである。この興津川橋梁は新幹線でよくみる鉄橋のように上部構造物を伴うものではなく、且つ列車の足回りも隠れないという希有な鉄橋ということで〝有名撮影地〟となっている。
早い話しがきれいに電車を撮れる。ここから下り列車を撮るのが普通の撮り方ということだ。上りも撮れるが上りのレールはここから見て奥の方になるので僅かばかり列車の足回りが隠れてしまう。ここで撮るのはやはり下りなのだ。
とは言え昨今はここを珍しい列車が通ることも稀となってしまい人が集まるのも稀になってしまっているということだが。
しかしこんなところに高校の制服を着てスクールバッグとカメラバッグを携行した男女三人が立っているというのが実に妙だ。学校帰りにこんなところに来る高校生はいない。
写真部長はおもむろにカメラバッグからカメラを取り出す。構える。コイツのカメラは初めて見るがなんということ、C社の最大画素ミラーレスの最新型ではないか! もちろんフルサイズでコイツは秒二十コマ撮れる。早岐会長の高級機も霞んで見える。ここにはいないけど。しかし毎度の事ながら他人の機材の品定めをしてしまうのが悲しい。なんっでみんなカネ持ってんだよ!
そのにっこーちゃんも愛機、N社が誇ったD三桁下二桁ゼロゼロのレフ機をカメラバッグから取り出した。レンズキャップを外しくるくるズームをいじったり立ち位置を変えたりしていたが唐突に口を開いた。
「流し撮りするならここより向こう側じゃないでしょうか?」、そう言ったのだ。
にっこーちゃんは対岸、興津川左岸を指差している。
「なんでだ?」写真部長が問うた。
「ここからだと背景が空(そら)です。流して撮っても流れてるように撮れそうもないからです。けど向こう側には山がありますから山の木々が背景になって流れてることが分かりやすくなるんじゃないでしょうか」明瞭且つ論理的ににっこーちゃんが言った。
「ほー」と写真部長が声を出す。「やるじゃんか。鐵道写真部なんかにゃもったいないな」と言いながら写真部長は僕を睨んだ。
まだ勘違いしているようだけど、鐵道写真部は僕が作ったわけじゃないぞ。
僕ら三人は堤防から石段を降り僅かばかりを歩くと今度は上の道路へと続く別の石段を昇った。道路の東方向を見れば鉄橋と併走する道路橋となっていて、これを渡りきれば簡単に興津川の左岸側に辿り着ける。
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